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初めての出会い
ひんやりとした感触とイグサの香り。
その懐かしい感覚に歩向が目を覚ましたとき、そこは見知らぬ部屋だった。違和感を感じて頬に手を遣れば、畳みの跡に加えて、涙が伝っているのがわかる。
なんだかとてもイヤな夢を見ていたような気がする。
誰もいないんだろうか。頭の中に靄がかかったように、ひどくぼんやりとする。しかし余計なものが頭からすっかり抜け落ちてしまったような、感じたこともない爽快感がある。歩向はぼーとしながら部屋の中を見渡した。
ここ……どこだろ?
部屋は広くこざっぱりとしており、田舎にある祖父母の家を思い出させた。3方を襖で仕切られているために、ますますここがどこかわからない。どこかでぱたぱたと人が動いている音がする。好奇心に駆られた歩向は手でごしごしと涙を拭うと冒険だとばかりに正面の襖へと向かい、思い切りよく開けた。
「おや、目が覚めたかい」
「うわっ」思わず悲鳴を上げて尻もちをつく歩向。襖を開けてすぐ目の前にいたのは、一人の老婆と歩向と同じくらいの少女だった。お祭りでもあるのだろうか、どちらも着物を着ている。老婆は、腰を抜かす歩向のことを背を折り曲げるようにて覗き込んできた。歩向はそんな老婆に驚きつつも、視界の端に少し奥にいる少女を捉えていた。少女は顔を伏せて正座をしたまま顔までは見えない。
「おやおや、驚かせてしまったようだね。
ここはオオカミ様のおわすカズイシ村。坊やは南の森に倒れていたところを運ばれたってわけさ。坊や、お前は誰で、どこから来たんだい?」
「ぼ、僕は中村歩向です。10歳です。家は山梨県の笛吹市、○○です。えっと……ここはどこですか?」
老婆の迫力に圧倒されつつ、歩向は何とか絞り出すようにして答えた。
老婆はそれを目を細めながら聞いていたかと思うと、深く息を吐いた。
「そうかい、そうかい。まさかこの村に稀人(まれびと)が来ようとはね」
老婆はそう独白し、しばらく何も語ろうとしなかった。
このままでは埒が明かない。「あ、あの」たまらず歩向は声をかけた。
「おぉすまんかった。儂の名前はルジア。この村の村長を務めておる。何かわからないことなどあれば、何でも聞くとええ。
ゆっくりと話でも聞きたいところじゃが、生憎今日は立て込んでおっての。これ、サリナ、こっちにおいで」
声に応え、奥にいた少女がそそと立ち上がる。長い髪がさらりと流れ、現れた瞳が歩向をじっと見つめていた。
「初めまして。サリナと申します。」
どこかつまらなそうに少女は答えた。にこりともせず、やや冷たい印象さえ抱かせるその表情に、歩向は思わず声を失った。
目が惹きつけられて離せない。
これが歩向とサリナの初めての出会いだった。
「ねぇ、今日って何があるの? カズイシ村って何市? お母さんはどこにいるのか知ってる?」
あの後、すぐにルジアは席を離れてしまった。気まずい雰囲気が続く中、そっぽを向いて座るサリナに矢継ぎ早に質問していると、堪りかねたようにしてサリナが言った。
「ねぇ、ちょっと静かにしてくれる? うちは今日とっても忙しいの。本当だったら私もお手伝いしなきゃいけないんだから」
やっと反応してくれたことに安堵しつつ、あんまりな言い草に歩向はむっと顔をしかめると「だから何があるんだよ」とぼやくように言ったきり黙り込んだ。その様子をちらりと横目で見たサリナはため息をつくと、しぶしぶといった様子で歩向の方を向いた。
「本当に稀人って何にも知らないのね。今日はタカナシさんちのお葬式があるの。だからうちは昨日から大忙しなんだから」
そう言うサリナは自慢げだ。そんなものかと飲み込む歩向だったが、それから出た言葉は信じられないものだった。
彼女は言った。「稀人に母親なんているわけないじゃない」と。
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