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魔法
あれから歩向はあの人に背負われ、促されるまま屋敷へと戻った。足は痛み、お腹も減ったのでもう抵抗する気にもならず落ちるように眠ってしまったのだ。
畳の冷たい感触。起きたときにはまた昨日と同じ部屋にいた。
「アユム、ちょっといいかい?」
そこに昨日と同じく、襖の向こうからルジアの声がした。警戒して身を強張らせる歩向。間もなく襖が引かれると、そこにはルジアともじもじとしてこちらを見ようとしないサリアがいた。
「……悪かったわね」
いつまでも話し出さないサリアをルジアがじろりと睨みつけると、サリアは渋々とそう言った。それを見てどうしようもないとばかりにため息をつくルジア。
「昨日はこの子がひどいことを言ったようですまなかったね。この子もこれで反省しているんだ。許してやっておくれ」
よく見ればサリナの目は赤く腫れていた。泣いていたのかもしれない。歩向はこくりと頷いた。
「だけど教えて。『まれびと』って何なの? もう僕はうちに帰れないの? もうお母さんたちに会えないの?」
それを見てルジアは気の毒そうに歩向を見つめると、言い聞かせるようにして言った。
「いいかいアユム。昨日もこの子が言ったかもしれないが、『稀人』とは、この世界とは違うところから来た来訪者のことじゃ。この世界では稀にそういった人たちが現れる。
だけど彼らがどうやって世界を渡ってきたのか、どうすれば元の世界に帰ることができるのか、誰も知らないのじゃ」
「……違うよ」
歩向は俯いたまま、拗ねたように言った。
「僕はその『まれびと』なんかじゃない。だって僕は悪いことだってなんにもしてないし、昨日まで何も変わらなかったのに、気づいたらここにいて……。
そうだ、おばあちゃんたちが僕をここに連れてきたんじゃないの。帰してよ。ねぇお願いだからお母さんたちのとこに帰して!」
話し出すにつれ、目からは涙がぽろぽろとこぼれだす。何でこんな目に遭わなければいけないのかがわからず、やり場のない怒りに自分でも何が何だかわからなかった。
「アユム、こっちをご覧」
歩向の涙が少し落ち着いた頃、ルジアは優しい声で呼びかけた。歩向が涙を拭いながらぐしゃぐしゃになった顔で見ると、ルジアが手をこちらに差し出していた。
『導きの灯。揺蕩い、我らを照らすもの』
すると指先にぽつんと、小さな火の玉が浮かび上がった。ゆらゆらと揺れながら、辺りを照らす。呆気にとられた歩向は涙を流すことも忘れ、ただじっとその火を見つめていた。
「これ何?」
おずおずと手を差し出す。「アチっ」それは確かに熱を持った火だった。ルジアが手を握るとすっと火は消え去った。歩向が感嘆の目でルジアの顔を見ると、彼女は悲しそうな目でこちらを見つめていた。
「そしてこれが坊やが稀人である最大の証明なのじゃ。アユム、お主は魔法のことを知らないのじゃろ?」
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