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魔法。もちろん歩向も聞いたことがある。だがそれは本やアニメの世界の中の話だ。現実には存在しないもの。そんなこと子どもである僕だって知っている。
冗談を言っているんでしょう。歩向はまじまじと目の前の老婆を見つめた。
「『魔法』とは、誰もが使えるもの。当たり前のように存在し、個人差はあれど物心ついたころから誰でも使えるものなのじゃ。
その魔法を知らない。そのことが坊やが稀人たる証しなのじゃよ」
火傷でヒリヒリと痛む指先が、先程の何もないところに生れたものが本物の火であったことを物語っていた。不思議そうに見つめるその指先を、ルジアの手が包み込んだ。年寄り特有の、冷たく、皺だらけの感触に、びくりと体を震わす。
「坊や、この世界に来たのなら、魔法はお主にも使えるはずじゃ。
……さぁ、目をつぶって、光を思い浮かべてごらん」
歩向はルジアに圧倒されるように言われるがまま目を瞑った。思い浮かべたのは、家の居間にある電球の光。
「光を強く思い浮かべ、その光を言葉で説明してご覧。どんな光で、どうやって点けるんだろうね」
「そんなの簡単だよ。暗くなったら、スイッチを押すだけじゃん。電気を点けるなんて、誰でもできるよ」
「そう、いい子だ。では、頭の中で『すいっち』を押してごらん」
歩向が頭の中でスイッチを押した瞬間、瞼の向こうでサリナがあっと声を上げたのがわかった。何だろうと目を開けてみれば、サリナが上を見上げている。つられるようにして見れば、見慣れたような明かりが何もない天井に煌々と輝いているのがわかった。驚く歩向。だがその光は次の瞬間にはぱちんと消えてしまった。
驚きとともに前を見れば、ルジアが柔らかく微笑んでいた。
「そう、それが坊やの魔法だよ。話に聞いていたとおりだね。火でもないから熱くもない、だけどどこか温かい。それにあんなに明るい光を私は見たことないよ。すごい魔法じゃないか」
そう言ってルジアはくしゃくしゃと頭を撫でる。歩向はさっきの光が自分のものとは思えず、思わず自分の手と、それからいまは何もない天井を見上げていた。
「魔法はね、人の想いを実現する力なんだ。
必要なのはより具体的なイメージと、それを強く想起させる言葉。
頭の中のものを実現するから、知らないことは魔法にもできないのさ」
歩向は黙って立ち上がり上を向くと目を瞑り「スイッチ」と唱えた。すると天井には思った通りの光が点いている。嬉しくなってしまい消える度に何度も何度も「スイッチ」と唱え続けた。
明滅する室内にはしゃぐ歩向。ところがすぐにくらりと歩向を眩暈が襲った。頭がくらくらして、吐き気と頭痛がする。歩向はへたへたと座り込んだ。
「これこれ、無理をするでないよ。魔法はそう簡単に使うものではないのさ。魔法を使うには体内にある魔力を使うからね。魔力が切れるとそうなるのさ。よく覚えておくといい」
ルジアはそう言って意地悪そうに笑った。
「それに、呪文は簡単に使うものではないのさ」
気分が悪くて話を聞いているどころではない歩向は、ゆっくりと意識を失っていった。
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