放課後

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「……行きたくねぇ。」 教室の窓から見えた走り込みをする部員。思わず声が漏れた。よし、今日もサボっちまおう。頭に浮かんだその考えに、全俺が賛同する。 ノリで入ったサッカー部。なんだかんだでそれなりに上手くなり、去年まではエースストライカーだった。去年までは。今年の春、膝を怪我して以来、部活に行くのが面倒くさくなった。もう怪我は治っているのに適当に嘘ついてサボっているのが今日この頃。現在3年生の5月。このまま引退までサボってしまおうかと割と本気で考えたりもしている。なんつーか、冷めちゃったんだよな…。 それでも一応はエースストライカー。当然来いとは言われるわけで。めんどくせぇなぁ…。 荷物を持って、教室を出る。歩きながら考えるか…。玄関に向かいながら歩く。と、廊下に何かが落ちているのを見つけた。んー、筆箱か? 拾い上げて確認すると、やっぱり筆箱のようだった。黒色の、よくある布の筆箱。ちょっと躊躇ったけど、中も確認する。シャーペンが数本と、赤ボールペン。ハサミにテープのり、とまあこれまたよくある中身。 ふと、定規に名前が書いてあることに気がついた。 「1-2 佐藤 春」 ……声に出して読んでみたところで、何かが起こるわけでもなかった。静かな廊下に俺の声が響いただけ。 届けに行くか。部活サボる理由にもなりそうだし。不純な理由だが、十分な人助けだろ。そうして俺の足は、玄関ではなく1年生の階へと向きを変えた。 1年生の階に来たのは、当然のように久しぶりだった。2組どこだったかな。1年生の頃の記憶を辿り、ちょっと楽しくなりながら探す。1年生の頃は楽しかった。いやまあ、記憶が美化されてるだけだろうけど。 「ここだ。」 あったのは、多分俺たちの時は3組だった場所。なんでいちいち場所を変えるのか、先生の意図が俺には全く分からない。 「しつれーします。っと……。」 入ろうと小さく挨拶したところで、教室に誰かいることに気がついた。比較的背の低い男子。背を向けているので表情は分からないけど、肩を震わせてるのが見て取れた。泣いてるのか?これは…面倒くさそうだ。 普段なら面倒くさそうなことは積極的に避ける俺だけど、今は違った。部活をサボれるならなんでもいい。それゆえ、俺が取ったのは、いつもだったら絶対に選ばない選択肢だった。 「どうしたの?なんかあるなら先輩に話してみな?」 いや、胡散臭っ。自分で思いながらも、言ってしまったことを取り消すことはできない。取り繕うように浮かべた下手な愛想笑いが、余計に胡散臭さを際立たせる。 果たして、振り返ったそいつは、 「話しても、いいんですか……?」 いや嘘だろ、こんな胡散臭いやつ信じていいのか、少年。純粋さに心配になりながらも、俺は大きく頷く。 「ああ。なんでも話してご覧。」 言いながら教室に入り、少年に近づく。泣き腫らして赤い目をした少年は、しゃくり上げながら、小さく話し始めた。 「そんなことがあったのかぁ……。」 少年の話は、思っていたよりずっと壮絶だった。少なくとも部活をサボりたいなんて言う不純な理由で突っ込んでいいものではなかった。いじめ、家庭内不仲、孤立、学力不振、その結果の希死念慮。色んなものがねじれて、どこから解決すればいいのか全く分からない。もう限界で、誰でもいいから話を聞いて欲しかった。最後に溢れ出たその言葉に、少し救われると同時に、滲み出た苦しさに、俺もやられて仕舞いそうだった。 これは、多分放っておいちゃまずい。俺にどうこうできる問題でないのはわかったけど、どうにもしない訳にもいかなかった。筆箱をスポーツバックにねじ込む。 「一緒に、現実逃避するか。」 俺の言葉に、少年は小さく頷いた。 現実逃避と言っても、彼にとっての逃げたい現実がどこまでなのかなんてわかるはずもなく、まあとりあえずと教室から出た。泣いてる子に、ただ着いてこさせるのも微妙な気がして、手を繋ぐ。驚いた顔をした少年は、嬉しそうに笑った。よく見るとそれなりに整った顔の少年の笑顔は、俺から見ても可愛かった。 「どこ行きたい?」 その問いに、少し悩んでから 「わかんないです。」 困ったようにそう呟いた。 「そっか。」 「ごめんなさい。」 申し訳なさそうに謝る少年に、首を横に振る。 「別に悪くない。だから謝んなくていいよ。」 俺の顔を見上げた少年の目がかすかに潤む。 「とりあえず、高校生っぽいことするか。」 不思議そうに首を傾げた彼が、なんだか愛おしく見えた。 玄関を通って、校門を潜る。一応門限を聞くと、……ないです。と遠慮がちに呟く彼。それなら俺の門限ギリギリまで遊べるか。 言ったところで、俺だって今まで部活三昧。放課後の高校生の遊び場なんて、知る由もなかった。スタバか?ゲーセンか?カラオケか?ショッピモールか?それとももっと別の場所? 考えても分からないものは分からない。ヒントを求めるように、少年に質問をする。 「何が好き?」 「……本、ですかね?」 何故か疑問形のその答えに、じゃあ、と気にせず続ける。 「図書館とか?」 「……そういえば1人でしか行ったことないです。」 そう言って勢いよく顔を上げた少年の目は、少しきらきらしていた。何を期待してるんだ?図書館なんて1人でも2人でも変わんないんじゃ…。いやでも、本人がいいならいいか。無粋な考えを振り払い、図書館へと歩を進めた。 「ありがとうございました。いきなりあんな話して、迷惑かけてごめんなさい。調子乗って本とか押し付けちゃったりも。」 「いやいや 、首突っ込んだのは俺だし。寧ろ、こっちこそごめんな。」 「謝ることなんて…。ほんとに嬉しかったです!!」 少年の顔が、本当に嬉しそうにほころぶ。気付いたら俺も笑っていた。最初のひきつった作り笑いじゃなくて、ほんとの笑顔。 「そっか。ならよかった。」 こくんと頷いた少年は、また大きく笑って、頭を下げると、 「では。」 そう言って、俺に背を向けて歩き出した。 小さくなる背を眺め、角を曲がって見えなくなったところで、俺も家へと足を向けた。 「図書館、割と楽しかったな…。」 スポーツバックから今日借りた本を取り出し、パラパラとページをめくる。 カードは持っているものの、図書館で本を借りた事なんて片手で数える程しかなかった。数年ぶりの図書館。記憶よりも明るくて、圧迫感の少ない空間だった。狭くて暗い場所に本棚が摩天楼のようにそびえ立っているイメージだったのに。 少年は図書館に入ると、迷いなく進む。わけもわからずついて行くと、小説の棚だった。少年は照れたようにはにかんで、おすすめの本を教えて欲しいと言った。数秒迷って、素直に本を読まないことを白状すると、驚いた顔で固まる少年。そうなんですね、じゃあしょうがない…。そう言いながらも凹んでいるのが隠しきれてない。 「出来たら、俺におすすめの本教えてくれない?」 俺の言葉に、少年の表情が明るくなる。勢いよく頷いた少年は、勢いよく話し始めた。 で、現在俺が手にしてるのがその本。何冊もあるおすすめの本から1冊だけ借りてきた。数ページ読んでみて1番面白かったやつ。でも、どれも面白かった。案外趣味が合うのかもしれない。 ながら歩きはいけないんだった、と本をしまう。家に帰ったら何をするか考えながら歩く。ふと、あの少年は怯えながら帰るのだろうか?なんて疑問が脳裏を掠めた。 明日は、できるだけ一緒に帰ってやろうかな…。
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