8人が本棚に入れています
本棚に追加
3.城内は権謀術数
聞けばミサキはまだ16歳だった。道理で若いはず。それでナギーは完全にお姉さん風を吹かせていた。
「それで、幽霊の使役ってどうやるのよ」
「は、はい。私はまだ特定の幽霊を持っていないので、師匠のを借りて・・・」
「幽霊って言うのは貸し借りが出来るものなの?」
「え、ええ。元々幽霊には心がありません。忠誠心もないわけで」
「だったらどうして幽霊は言うことを聞くの?」
ナギーの攻撃は厳しかった。ミサキは泣きそうになっている。
「廣川さん、ちょっと」
「なによ」
「だから、そんなにポンポン、ポンポン質問攻めじゃミサキちゃんが可哀想です」
「私は、事の真偽が知りたいのよ」
「分かりますから。ミサキちゃんのペースで話しをさせてあげましょうよ」
ナギーが渋々了承すると、ミサキが静かに話し出した。
「幽霊使いは、言ってみれば祓師でもあるんです。祓師は妖魔を払いますが、我々は幽霊を払うことが出来る。それで、幽霊たちは私たちを助けてくれるわけです」
「脅しじゃないか」
ナギーが口を挟んだ。
「まあまあ。それは置いといて先へ進みましょう」
オトギが先を促したのに従ってミサキが再び話を始める。
「ジュールばかりと思って、私、レミウスの亡霊を送ったんです」
「レミウスの亡霊?」
「この城に300年前からいる地縛霊です。レミウスはこの城から外へは出られません。そのかわり城の中ならどこへでも行けるし、非常に詳しいんです。師匠の幽霊なんですが、私が黙って借りました」
「レミウスってのは何者なの?」
「廣川さん! いい加減にしてください。ミサキちゃんの話を聞こうじゃないですか」
「そんなこと言ったって」
「ようは廣川さんは召喚者であるジュールお婆さんを口汚く罵りつつも、大切に思ってるわけですね」
「そんなんじゃないわよ。あんなおばあなんて。よくもあんな辱めを・・・」
ナギーは何かを思い出して唇を噛んだ。
「え? 呪術者となんかあったんですか?」
今度はオトギが追求したくなったが思いとどまった。今はミサキの話を聞くことが先決だ。
「レミウスはジュールの部屋に忍び込んでジュールがある人と話しているのを聞いてきました。魔王と話を付けるべく使者がすでに暗闇城に向けて出発した、という話しでした」
「どういうこと?」
どうにも我慢できずナギーが咄嗟に口を挟んだ。
「レミウスが言うにはアーメダ大臣とジュールがそう話をしていたと」
「なんですって!」
ナギーの顔色が変わった。だが、オトギは冷静に事の次第を整理する。
「つまり軍隊を統括するアーメダ大臣と呪術者ジュールが組んで魔王と話を付けるべく使者を向かわせたと・・・」
「その通りです」
とミサキ。
「そのことを女王陛下は?」
とナギー。
「そりゃ、知らないでしょ」
ミサキに尋ねたところで無駄だと言いたげにオトギが代わりに答えた。
「何で?」
「何でって、そりゃ、あのおばあとアーメダ大臣が何かの見返りを条件に魔王に手を貸そうとしてるんですよ。そしてその条件とは、恐らくは女王様にとっては許しがたいこと・・・。更に言えば、黒幕はブットバーグ首相じゃないでしょうか」
「そんなバカな!」
ナギーはまだ信じ難いといった表情だ。
「廣川さんには分からなかったかも知れないけど、僕には女王の間での雰囲気から充分想像が付きました。そしてミサキちゃんの情報を元にすればこういう筋書きでしょう、たぶん」
「ですよね・・・。このこと、女王様に伝えた方がいいですよね」
ミサキがナギーとオトギの顔を交互に見ながら言う。ミサキは心底心配そうな顔だった。
「ジュールを陥れるため?」
ナギーがミサキに意地悪なことを言う。
「違います。私はこのことをシェールにも言ってません。かと言って、私が直接女王様にお会いできるはずもないし・・・。それで、ご相談に」
「あら。私たちはジュールに召喚されたのよ、ジュールを裏切ると思うの?」
「でも・・・」
ミサキはもじもじしながらも2人の顔を交互に見比べると続けた。
「勇者は、勇者の方は正義を貫くと聞いたことがあります。お二人は勇者なんでしょ?」
最後は懇願するような言い方だった。すぐに答えないナギーに変わってオトギが答えた。
「その通りです。勇者は正義を守護します。だから勇者なんです。何が正しいのか、見極めたいと思います。少し時間をくれませんか?」
こうしてミサキは帰って行った。残ったナギーとオトギはたった2人だけの作戦会議を始めた。
「冷静に考えてミサキちゃんの言ってることは事実だと思います。なぜならミサキちゃんがわざわざここへ来て嘘をつくメリットがないからです」
「それは分かった。でも、おばあが女王様を裏切っているのかどうかはまだ分からない」
「確かに。アーメダ大臣と魔王対策について何やら謀をしているのは間違いないけど、女王様を陥れるようなことなのかどうか、分からない。でも、ブットバーグ首相が背後にいるとなれば、女王追い落としのような企みであることは容易に想像できます」
「でもでも、魔王と組んじゃって女王追い落としたって結局国はなくなってしまう」
「だいたい闇の魔王の目的は何なんでしょうか?」
ここでオトギが肝心な事をただした。
「この世界の征服?」
「だったら、青の国の兵隊は大方やっつけたんだから城を攻めるだけでは? いくら難攻不落の城と言ったって、兵隊もろくにいないんなら簡単に攻め落とせますよね。ということは、そう簡単には攻め落とせない何か理由があるのか、もともと魔王の目的がこの国を征服することではなくて別のことにあるのか、ってことになります」
「なるほど・・・」
三流とは言え大学生、論理的な思考が出来るんだ、ナギーはオトギが少し大人に見えてきた。でも、じゃあどうするんだ?
「ただ、ここから先は情報が全くありません。どうしようもないですね」
オトギが言った。
「はあ? 何それ?」
一瞬でも尊敬しそうになった自分がバカだったとナギーは憤る。所詮アマアマの三流大学生だわ。
「それじゃ、さっきの会議を利用しようじゃない。作戦を説明しろと言われてる」
「はい。ジュールが何となくまとめちゃったあれですね。いずれ僕たちは作戦を女王様に説明しなくてはならないんですよね」
「そう。どうかしら、私たちで魔王と話を付けてくるっていうのは?」
「え? だって、魔王ですよ? 強いんでしょ? 兵隊がみんなやられちゃったって言ってました。僕たちで話なんか付くわけないじゃないですか」
「そんなこと分からないじゃない。魔王に会ってみなくちゃ。勇者2人が魔王退治に行きますって言うのよ」
「いやいや。だってだって・・・」
ほら見ろ。最近の学生は、なんでも否定から入る。後ろ向きなんだよ。そんなことで丸の内で仕事が出来ると思ってんのか。ナギーは心の中で悪態を着きつつオトギを巻き込むべく考えを巡らしていた。
「何が、だってよ」
「勇者って言ってますけど、廣川さんに何が出来るんですか? 剣が使えるんですか? 僕は何も出来ませんよ。魔法が使えるわけじゃないし、腕っ節が強くなってるわけでもないんですから」
「まだ知らないだけで、とんでもない力があるのかも知れない」
「どんな?」
「うーん。死んだら時間を巻き戻せるとか」
「そんなの嫌ですよ。死んでみなきゃ分からないじゃないですか」
オトギが激しく否定する。全く男らしくない。そう思ったとき、激しくドアをノックする音があった。
ミサキだった。顔は真っ青で、しかもブルブル震えている。
「どうしたの?」
「お師匠が、お師匠が殺されました!」
「なんですって?」
「あの後買い物をしに町まで降りて、それからお師匠の元へ戻ったんです。そしたら、そしたら、お師匠が・・・」
そこまで言うとミサキはわんわん泣き出してしまった。ナギーはミサキを優しく抱きしめると、
「大丈夫。大丈夫よ。落ち着いて。ね、落ち着いて」
と囁く。ミサキがようやく泣き止んだ頃、またしてもドアにノックが。
オトギにミサキを奥に隠させ、ナギーはドアを開けた。城を警備する衛兵が2人立っていた。
「ここにミサキという小童が来なかったか」
「ああ、ミサキならだいぶ前に来てすぐ帰ったがーー」
ナギーは部屋の中を隠すように入口の前に立っていた。
「ここに逃げ込んだのを見た者がある。中を検めるぞ」
衛兵2人はナギーをどかして部屋に押し入ろうとした。
「無礼者!」
突然ナギーの大声が響いた。奥の部屋ではミサキとオトギが膝を抱えてビクついている。
「私は勇者だ。勇者の部屋を検めると言うか」
ナギーが凄む。だが、兵士は怯むことはなかった。
「ここへ逃げ込んだと見た者があるんだ。隠し立てすると為にならんぞ。勇者とて同じだ。人を殺した者を匿えば同罪である」
奥の部屋、ベッドの下にミサキとオトギが座っていた。
「殺した?」
オトギがミサキの顔を見て囁く。激しくかぶりを振るミサキ。
「そんな、まさか・・・」
「ここへ来るのを誰かに見られたかい?」
ミサキはやっぱり大きくかぶりを振った。
ナギーのこの部屋は城のかなり片隅だ。静かと言えば静かだが、端っこの淋しいところにある。偶然見ていたなど考えられなかった。誰かが密告したのに違いない。
「もし、ミサキがいなかったらどうする? お前に責任が取れるのか?」
ナギーが兵士に詰め寄った。
「間違いなくここへ入ったと人が・・・」
「見せてもいいぞ。だが、もし小童がいなければ、お前らを殺す」
ナギーはドアの脇に立てかけてあったオトギの剣を手にした。一瞬怯む兵士たち。
「ここは、召喚者ジュール殿より正式に借り受けた居室。それは女王陛下もご存じのことだ。つまりここはジュール殿より返せと言われない限り私の城。土足で踏み込むなど勇者を愚弄するにも程がある。切って捨てる。誰も咎めはしないだろう」
ナギーは立て板に水でまくし立てた。さすがに衛兵も怖じ気づく。さっきのたれ込みが嘘でない保証はなかった。
「分かった。出直すことにするが、いいか、あの小童を匿ったりすると容赦せんぞ」
そう言って去ろうとする衛兵をナギーが呼び止めた。
「いったい何があった? その小童は何をしたんだ?」
「うむ。師匠のシェールを惨殺した」
「惨殺とは?」
「見るもおぞましい遺体であった。両の腕、両の足、首が抜き取られ反対に並べられていた。辺りは血の海だ」
「小童にそんな人の殺し方ができるのか?」
「それは・・・。分からん。弟子のミサキと言う子供がやって、この部屋に逃げ込んだと情報があったのだ」
「分かった。子供を見つけたらすぐに知らせよう」
「お願いする」
兵士は去って行った。
奥の部屋では、オトギがブルブル震えながらミサキを見ていた。ミサキも涙ぐんでいる。
「行きましたか?」
「ああ。ああいう権威を振り回すやつには権威で対抗するのが一番だ」
ナギーは何故か部長の石川を思い浮かべていた。
「手足を引っこ抜いて反対にって・・・」
オトギが震える声で言う。
「つまり、手を足の場所に、足を腕の場所に置き、首を股間に置いた・・・。何かの呪いみたいだな」
「はい。お師匠は何もお召し物を着てなくて・・・」
「なんて惨い殺し方だ」
その様子を思い出したのか、ミサキはまたシクシク泣き出していた。
「とにかく、奴等また戻ってくる。ミサキ、別の部屋へ移るぞ」
ナギーはミサキの手を取ると立ち上がらせた。
「別の部屋って、当てがあるんですか?」
オトギもおずおずと立ち上がる。
「あんたの部屋がある。ミサキはそこへ移す」
「え、僕の部屋もあるんじゃないですかあ」
「ああ、あるよ。でも今はミサキの部屋にする」
3人はそっと部屋を出ると誰もいないことを確かめて廊下を歩き出した。すっかり外は暗くなっていた。この辺りは松明も少なく暗い。ただ湖に面した窓から差し込む湖面に反射した様々な光が城内を照らしていた。
「あの、師匠の部屋へ行ってみませんか?」
ミサキが突然小声で2人に声を掛けた。
「なんで? 犯行現場へ戻るのは犯人と相場は決まってるのよ」
ナギーがミサキに詰め寄る。
「私じゃありません」
「じゃあ、どうして?」
「レミウスです」
「レミウスって、ああ幽霊の?」
「はい。レミウスがあそこにいたはずなんです」
「え?」
「レミウスが何か見ているかも知れない」
「真犯人が分かるかもしれないってことですか?」
オトギも身を乗り出す。
「どうして幽霊が?」
「お師匠はあの時間使役している幽霊たちを集めて城中の情報を聞いています。取るに足らないことから、ちょっとしたゴシップまで。あなた方のことを知ったのも元は幽霊たちの情報からでした」
「幽霊のくせに趣味悪いわ。立ち聞き、盗み見、最低ね」
「はい。私もそう思います。すいません。でも、幽霊たちに罪はなくて。させていたのはお師匠なんです」
「それが強力な武器になるって事ですね。玉石混淆の情報の中から金になりそうなのを探し出す、そういう能力は重要です」
オトギはたまに鋭いことを言うとナギーは思った。やっぱり大学生・・・と考えてすぐに否定する。
「で、シェールの部屋はどこにあるの?」
「西の端の尖塔の上です」
「なんですって? そりゃ遠いわ」
「はい。しばらく前までは女王の間からすぐのところにあったんですが、部屋替えがあってあそこへ」
「分かり易い力関係ね」
「お城の中って権謀術数渦巻いてるって感じですね」
「はあ? ケンボー・ジュースって何?」
「いやだなあ、廣川さん、権謀術数ですよ」
オトギが真顔で言う。
「陰謀、謀略。騙し討ちとか・・・。青くてきれいなお城の中はドロドロっていうことです」
「まあね、綺麗事ばかりじゃないって事は認めるわ」
ナギーはまた大学生だから? という自問に戻っていた。
「無理ね。西の尖塔の上なんて、人に見られないようにお城の中央を避けて行ったら遠くて大変だわ」
ナギーがミサキに諭すように言った。
「それに、さっきの衛兵たちが戻って来るかも知れないし、城内を探し回ってるかも知れない」
ナギーとオトギが考え込んでいるとミサキが2人の袖を引いた。
「近道があります」
「近道?」
「湖底を行きましょう。ここからなら湖底の通路の入口がこの真下にあります。そこなら誰も来ません。さ、こっちです」
ミサキは2人を急かすと走り出した。
「あ、待ってよ」
最初のコメントを投稿しよう!