家族の証

21/21
前へ
/21ページ
次へ
――退院から二週間。 海に来ていた。夜の海だった。 冬の海風に身震いしながら、私はマフラーに首をうずめた。 コートのポケットから、目的のものを取り出した。 それは一枚の書道半紙。 『道』の文字が、毛筆の黒で刻まれている。 人としての道を外さないこと。 その誓いを込めて、小学生の頃に書かされた。私の母親が命じたのだ。 誠実さが取り柄だった母親の、私に対する教育の形だったのかもしれない。 ――人としてまっとうに生きなさい―― 波の音に紛れて、母親の声が聴こえた気がした。 「ごめんな、母さん……」 私は半紙をぐしゃぐしゃに丸めて握り潰した。 「どんなに汚れようとも、私は家族を守りたい」 そうつぶやくと、私は丸めた半紙を海の向こうへと放り投げた。 押し寄せる苦しみに、私はその場で崩れ落ちた。 この夜は終わるのだろうか。 ~完~
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

91人が本棚に入れています
本棚に追加