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「これは魔術師を召還した方が良いかもしれません」  長官は老爺を睨みつける。 「この女のためにそんな時間を使う必要はない。今すぐに死刑に処すべきだ」 「そんなことをすれば姫君の行方を知る手がかりはなくなってしまいます」  老爺に言われて長官はむっつりと黙り込んだ。国王が親衛隊長に命じる。 「すぐに魔術師を呼んでくるように」  親衛隊長は敬礼すると数人の隊員を連れて、急ぎ、部屋を出ていった。  裁判は一時休止となり、国王や大臣は裁きの間を後にする。姫君は国王の後姿をじっと見つめていたが、王は振り向くことなく厚い扉が閉ざされた。  ぼうっと立ったまま、自分に降りかかったことについて考える。昨夜の黒衣の女性はいったい、なにものだったのか。彼女は自分になにをしたのか。その時、はっと思い出した。ノワールはどうしただろう。必死にかばったけれど、ノワールもあの黒い靄を浴びたのではないだろうか。 「イザ、ノワールはどこ?」  尋ねるとイザは妙な顔をした。幼いころに苦い粉薬を飲まされた時のような嫌そうな逃げ出したいような表情だと姫君は懐かしく思い出す。 「ノワール? なんだ、それは」  眉根を寄せて怪訝な顔をしたイザが聞き返した。 「ノワールのことも忘れてしまったの? 私といつも一緒の黒猫よ」 「なぜそのようなことを私に聞くのだ」 「今朝、私の部屋にノワールはいなかった? もしかしたらあの子にもなにか良くないことが起きているのかも……」  イザは鼻の付け根にしわを寄せて、さも嫌そうだ。 「猫のことなど気にする必要はない。どこにでも好きに出ていけるのだ、知らない女に脅えて逃げ出したのだろう」  そうかもしれない。たとえノワールですら自分のことを忘れてしまったとしても無事でいてくれるだけでいい。姫君はイザの言葉にほんの少し安心することができた。  呼び出された魔術師が裁きの間にやってきて、裁判は再開された。群青色のローブをまとった壮年の男性魔術師はすでに事情を聞いていたようで、つかつかと姫君に近づくと、姫君の手首をとった。どうやら脈を診ているらしい。
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