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 そのまま姫君の目を覗きこむ。魔術師の黒い目が真っ直ぐに姫君の中に入ってきたように感じた。魔術師はぐんぐん姫君の奥深くに潜っていき、きょろきょろと姫君の中を無作法に探索していく。昨夜のこと、少女時代、幼少期、どんどん記憶をさかのぼり、生まれた瞬間までさかのぼった。  魔術師の目が姫君の表層に戻っていくにつれて奥深いところから清水が湧きだした。その水は光を放ちながら目からぽたぽたと流れ出ていく。  裁きの間にいる全ての人が驚きの声を漏らした。 「まさか、光輝の涙!?」  誰もかもが口々にその言葉を囁きあう。裁判官長官が「静粛に!」と叫ぶが、皆の驚きは大きすぎたようでざわめきは納まらない。  その中で魔術師は冷静に姫君の目から力を抜いた。その手首を離され、姫君は両手で流れ落ちる涙を掬ってみた。金色に輝いて、ひんやりと冷たい不思議な手触りだった。 「このものは記憶を失くしております」  魔術師は静かに語る。 「皆様がごらんになったように、光輝の涙を持つものです。清廉な魂を持つもの、神に祝福された乙女です。乙女が真実だと申すのであれば、それが真実。この先、このものが記憶を取り戻しさえすれば、姫君の行方を話すでしょう」  裁判官長官が大きな声を上げた。 「そんなもの、なにかのまやかしだ! 誘拐犯の策略だろう」  魔術師は小さく首を横に振った。 「どのような魔法であっても、光輝の涙を作り出すことはできません。神の恩寵は絶対です。ですから時間はかかりましょうが、記憶を取り戻すのを待つのが得策かと」 「そんな悠長なことを言っている場合ではない! 今この時も姫君が危うい目にあっているかもしれないのだぞ!」 「ですが、ほかに手がかりはありません」 「ならば、さっさとその女の記憶とやらを戻せ」  魔術師は小さく首を振った。 「残念ながら、これほど強い呪いは私には解けません」  魔術師は長官から視線をそらすと姫君に向き直り、優しい声音で尋ねた。 「あなたは裁判で黒衣の女を見たと証言したのでしたね」 「はい。長いドレスを着た、真っ赤な目の、見たこともないほど美しい女性でした」  頷いた魔術師は国王を見上げた。 「これは黒き魔女が復活したのやもしれません」
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