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 深夜の空には厚い雲がかかり、あちらこちらに紫色の稲光が走る。ゴロゴロと低い音が響くのは雲が移動しているからだろうか。春の嵐の陰鬱な気候にも関わらず、ここ、アスレイト王国の全住民は幸せな気分で、あるものは床に入り、あるものは酒場で陽気な歌を歌っている。 明日は国をあげてのお祝いなのだ。  そんな街から離れた王城の、奥まった一室にいる姫君は床にも入らず歌も歌わず、だが国中のだれよりも幸せな気分に胸はずませていた。 「どうしよう、ノワール! いよいよ明日よ。十六歳の誕生日がくるわ」  姫君は親友の黒猫ノワールを胸にギュッと抱きしめた。ノワールはすでに眠たいようで迷惑そうな表情は見せたが、体の力を抜いて姫君のしたいようにさせている。 「本当に、本当かしら。私がお嫁にいくなんて。隣の国のヘンリー王子様、優しくて凛々しくて爽やかで。本当にあんなに素敵な方の妃になれるのかしら」  姫君はくるりと踊るように回り、柔らかい真っ白なナイトドレスの裾がひらめいた。照明を受けて金の髪がきらめき広がる。天蓋付きのベッドの周りを一周し、ベランダに向かう扉のレースのカーテンを蹴り上げる。ノワールを抱きしめたまま姫君は回り続け、部屋中を巡った。 緑色の瞳は、愛する人とダンスを踊っている夢でも見ているかのように、うっとりとしている。 「お父様、お母様、お見合いのお話を受けてくださってありがとうございます! ヘンリー王子様、私が十六歳になるまで待ってくださって、ありがとうございます! ああ、明日の朝は一番にお礼を申し上げよう」  その時、出窓がバンと音をたてて開いた。驚いてそちらを見ると、窓の外に黒い靄が見えた。靄は窓の桟を乗りこえると重苦しい雰囲気を撒き散らしながら部屋に入ってくる。  それは、うねうねとまるで蛇のようにうねり、姫君に近づいてくる。姫君はノワールをしっかり抱いたまま後ずさった。 「なに、なんなのかしら、これ」  姫君は恐れながらも興味深く黒い靄を観察した。
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