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頬に両手を当ててみた。感触があるようなないような、皮膚がなくなってしまったかのような嫌な気持ちがした。力をこめたら手がどこまでもずぶずぶと体の中に入っていってしまいそうだ。自分は本当にここにいるのだろうか。もしかして自分は真っ黒ななかに生じた、ただの観念、思い過ごし、一瞬の気の迷いでしかないのではないだろうか。怖いという思いさえ湧いては来なかった。ただ、黒い。黒でいるのは不思議に落ち着いた。
ふと、何かが聞こえた。人の声のようだ。よく知っている声だ。幼いころから耳馴染んでいる、とても好きな、落ち着いた、低い……。
「起きろ!」
肩を強く揺すられて目が覚めた。目の前にはがっしりとした体格の若い騎士がいた。
「立て」
若者に腕を引き上げられ、立たされた。どうやら床に倒れて眠っていたようだ。なんでそんなところに自分はいたのだろう。頭がぼんやりして思い出せない。
周りを見渡すと、たくさんの人が自分を取り囲んでいた。数人の兵士、見慣れたメイド、乳母、ハウスボーイ、いつもは姿を見せない外出時のお目付け役までいる。
「何者だ」
自分の腕をつかんでいる騎士に問われて姫君は首をかしげて彼を見上げた。
「何者って、私よ」
「姫君はどこだ」
「どこって、ここにいるじゃない。あなたの目の前に」
騎士は眉を顰めてまじまじと姫君を見た。姫君は首をかしげた。
「私がどうかしたの?」
側で聞いていた乳母が甲高い声を上げた。
「姫様はどこ!? 無事でいらっしゃるの!?」
「無事に決まっているわ。私の姿が見えないの?」
乳母も騎士と同じように眉を顰めた。
「まさか自分が姫様だとでも言うつもり?」
「もちろん、そうよ」
その言葉を聞いた乳母が眉を吊り上げて、つかつかと寄ってきた。姫君のナイトドレスの袖を乱暴に引っ張る。
「このドレスはあなたみたいな犯罪者が触れていいものではありません。すぐに脱ぎなさい」
「犯罪者?」
乳母は問答無用とばかりにドレスの裾を握ってめくり上げようとした。
「お待ちください、マルタ様!」
騎士が慌てて止めに入る。
「女性の服を剥ぎとるなど、とんでもない……」
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