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「ならばイザ様。姫様のお洋服をこの誘拐犯がまとっていることを許せるのですか?」  乳母は言葉を叩きつけるかのように厳しい声を出した。イザと呼ばれた騎士は叱られた子どものように黙ってしまった。乳母はそれでも女性の尊厳を守ろうという騎士の信念を尊重したようで、姫君から手を離した。イザは安心したようで元のいかめしい表情に戻った。 「私どもは部屋の外に出ております。その者にふさわしい衣服を与えてください」  姫君は自分の周りで取り交わされる会話に首をかしげるばかりだ。誘拐犯? 誰が誘拐されたというのだろう。  見物人がぞろぞろと部屋を出ていく。入れ代わりに姫君付きのメイドが服を持って駆け込んできた。イザがドアの前に仁王立ちになっている。メイドはイザにしかっかりと頷いてみせるとドアを閉めた。 「さあ、さっさと姫様のドレスを脱ぎなさい!」  乳母に命じられて姫君は大人しくナイトドレスを脱いだ。メイドが抱えていた服を姫君に投げつける。 「あんたなんか、この服でももったいないわ」  メイドが発した吐き捨てるような口調を姫君はあっけにとられて聞いた。誰かから乱暴な言葉遣いを受けたことなどないし、怒りを向けられたこともない。初めての経験に、ただただ驚いていた。 「なにをしているの。早く服を着なさい。それともやはり裸のまま部屋の外に引きずり出しましょうか」  乳母が冷たい声で言う。これもまた初めて聞く声音だった。姫君は乳母とメイドの顔を交互に見ながらも投げつけられた服を拾って袖を通した。  織の荒い麻布を適当に縫っただけといった粗末な服だった。布が肌にこすれるとちくちくと痛い。上質な布にしか触れたことがない姫君は、いったいこの服はなんのために作られたのだろうかといぶかしんだ。 「さすが犯罪者。囚人用のドレスがよくお似合いだわ」  メイドが嘲りながらドアを開けた。イザは先ほどと全く同じ姿勢で立っていたが見物人はいなくなっていて、衛兵が三人だけ残っていた。イザは着替え終わった姫君を見ると乳母に一礼して部屋に入り、姫君の腕を再びつかんだ。 「来い」  二人の後ろに衛兵達がついてくる。姫君は裸足のまま引きずられるようにして廊下を進み、階段を降りた。 「どこへ行くの、イザ」
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