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 姫君が尋ねるとイザは眉間に深い皺を寄せた。名前を呼ばれたことが気に入らないらしく、いかにも不快げに答える。 「口を開くな。次に喋っていいのは裁判の時だと覚えておけ」  裁判ってなんのことだろう。聞いてみたかったが姫君は命じられたままに素直に口をつぐんだ。  イザに連れてこられたのは城の地下、じめじめとした石造りの部屋だった。鉄格子で仕切られた小部屋が左右に三つずつ連なっている。姫君は城内にこんな場所があるということを初めて知った。  三部屋ずつ向かい合う中心の通路を奥へ進む。裸足に石床の湿った感触が気持ち悪い。右側の真ん中の部屋にマントのフードを深くかぶった老人がいるだけで、あとの小部屋は空っぽだった。衛兵の一人が老人の隣の部屋の鉄格子を開けた。金属が軋む嫌な音に姫君は顔をしかめた。 「入れ」  大人しく、衛兵に言われたとおりに中に入る。イザはそれをじっと見ていた。音高く鉄格子が閉められてイザと衛兵は部屋を出ていった。  姫君は置いて行かれてどうすればいいのかわからず立ちつくした。 「きれいなお嬢さん、いったいなにをやらかしたんだい」  隣の小部屋から老人の声が聞こえた。声だけでは男性か女性かわからない。姫君は喋るなと命じられ、それを守ろうかと思ったが、話しかけられて答えないのはいくらなんでも失礼だと、壁に近づき小声で返事をした。 「やらかした、のでしょうか。私にはなにが起きたのかわからないのです」 「そういうことも世の中にはあるさ。ある日突然、自分が犯罪者だと気づかされる。気づいた時にはもう遅い。牢屋に閉じ込められて人生は終わりさ」 「私は犯罪者なのですか?」 「牢屋に入れられるのは犯罪者だけさ」 「ここは牢屋なのですか?」 「ああ、こんなに居心地のわるいところが牢屋じゃなけりゃ、外の世界は天国に違いないよ」  姫君の表情がぱっと明るくなった。 「素敵! 私、一度でいいから本物の牢屋を見てみたかったんです。おとぎ話で聞いて、どんなところか全然わからなかったから」  老人が大きな声で笑う。 「のんきなお嬢さんだ。おとぎ話と本当の区別がついていないんだね。こんななにも知らない赤ん坊みたいな娘にどんな悪さができるっていうのかね」
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