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 胃の痛みに慣れたころ、眠くなってきた。寒い中で膝を抱えたままの姿勢でうとうとしていると、隣の牢から老人のいびきが聞こえてきた。いびきというものを初めて聞いた姫君はなんの音だろうかといぶかりながらも眠気に勝てず、そのまま目を閉じた。 「起きろ」  がしゃんと金属が鳴る。姫君ははっと目を開いた。一瞬、自分がどこにいるかわからず、きょろきょろする。 「立て」  自分に命令しているのが衛兵だと理解した途端、ここが牢屋であることを思い出した。同時に喋るなと命じられていたことも思い出し、黙って立ち上がる。衛兵が大きなカギで鉄格子を開けた。 「出ろ」  言われたとおりに通路へ出る。通路にはもう一人、衛兵が待ち構えていた。二人は姫君の前後についた。後ろに立った衛兵に背中を小突かれて姫君は歩き出す。隣の牢の老人は板の上に座りフードの下から姫君を見つめている。姫君は不安を押し隠して小さく手を振ってみせて通り過ぎた。  衛兵は姫が知らない通路を通る。いつもなら姫君が近づくことを禁じられている王の執務用のエリアに向かっているようだ。王族が暮らす奥の宮の、花に囲まれたような明るさはかけらもない。壁も床も天井も灰色の石造りだ。廊下を進むと木製の分厚そうな扉が何枚も並んでいる。扉には鋲が打たれて重々しい。 無言の衛兵たちに連れてこられたのは『裁きの間』と呼ばれる広間だった。姫君が初めて見る、黒鉄製の扉が軋みながら開いた。 「お父様!」  裁きの間の最奥、一段のぼったところに背もたれの高い椅子があり、王が座っていた。思わず叫んだ姫君の腕を、連行してきた衛兵が捻りあげる。 「痛い!」 「国王陛下に向かって声を上げるなど、なんとも不敬である。口を慎め。許可されるまで口を開いてはならぬ」  広間にいる黒い衣装の男性が厳しい口調で姫君を一喝した。たしか裁判官の長官だ。なにかのパーティーで顔をあわせたことがある。室内には法務大臣、騎士団長、教会の主教など、よく顔を見知った者たちがずらりと並んでいたが、誰も彼もが姫君をきつい目で見据えていた。 「被告、前へ」  長官が言うと、衛兵が姫君の背中を小突き、広間の真ん中に立たせた。
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