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「これより姫君誘拐の容疑で被告を裁きにかける。この裁きは国王陛下じきじきにご照覧賜る」  国王は冷徹な目で姫君を見つめている。見たことがないほどに厳しく、その視線だけで気圧されてしまう。だが姫君はその瞳の中に、どこか迷いがあるように思った。 「審議を始める」  これから始まる見たこともない裁判というものに姫君は強い不安を抱いたが、顔をしっかり上げ前を見つめた。父王がなぜ自分を裁こうとしているのかわからない。わからないことを姫君は決して恐れない。いつだって新しいことを知るのは姫君の喜びだった。  石の床は白と黒のチェッカー模様に配され、潔白と罪業を別ける場に相応しい清冽さを持っている。壁に窓はなく松明が灯され、姫君の影の色を深くしている。やましいところのあるものならば、この重々しい空気に怯んでしまうかもしれない。だが、姫君にはそんなことは関係なく、すべてが物珍しく、広間の観察を続けた。  真っ白い石を積み重ねた堅牢な柱にはさまざまな彫刻が施されている。初代国王が神からこの国の統治を許されたという神話をモチーフに、幻獣や戦争、魔法によって癒される人々など、腕を強く握られていない時であれば物語として面白く観察できそうだ。  天井は低く、頭を押さえつけられているような圧迫感がある。  父王は普段は見慣れない暗い焦げ茶色のマントを羽織っている。目つきは鋭く、圧倒されるほどの威厳を放っている。姫君が初めて見る、まるで知らない人物を見ているかのような、感情が読めない目だ。    姫君が立っている広間の左側には長官と似たような黒い服を着た、裁判官であろう男性たちが十二人、ずらりと並んでいる。その中の一人、細長く青白い顔をした若者が前に進み出た。 「今朝の状況から説明いたします」  若者は手にした木版を顔の前に掲げ不機嫌そうに文字を読み上げる。 「姫君付きのメイド、アリンが起床時刻をお知らせするために姫君の寝室に入ったところ、寝台に姫君の姿はなく、見も知らぬ女が床に倒れ伏していた。アリンはすぐさま室内を探したが姫君のお姿はなかった。廊下に出て助けを呼ぶと乳母殿が駆けつけ、出窓が開いていることに気づかれた」
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