一緒にごはんを

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「最悪だ……」  自分が寝ていた客用の布団を片付けながら声のした方を振り返ると、二日酔いのひどい顔をした伊坂がベッドに起き上がって頭を抱えていた。 「それは二日酔いのことか、それとも挨拶に来た恋人の家で酔いつぶれたことか」 「……両方だよ。意地悪いな」  恨みがましい顔で睨まれて俺は笑った。畳んだ布団を脇に寄せると、いまだベッドに起き上がったままの伊坂の隣に座った。実家の俺が使っていた部屋はそのまま残されている。今は姉さんも家を出ているから、この家には両親しか住んでいない。俺や姉さんの部屋は使うまでもないらしい。 「大丈夫かな俺」 「何が」  高校生の頃はここで伊坂と一緒に勉強したこともあるんだったと、感慨に浸っていた俺は思いがけず暗い調子の声に、隣へ顔を向ける。 「いや、お前の家ってみんな酒好きだろ」 「まあ、そうだな」 「酒の飲めない男はちょっととか思われてないかな……」  深刻そうな顔でそう告白した伊坂に、俺は思わず吹き出した。 「……なんだよ」 「そんなことで不合格は出さないようちの家族は」  ばつが悪そうな伊坂の隣でひとしきり笑ってから、俺は伊坂に向き合った。 「そこまで飲んべえじゃないし」 「どうだか。お前の酒に付き合ってたら大変なことになるからな」 「だから付き合わなくていいって言ってるのに」 「だって面白くないだろ一人で飲んでも」 「俺はお前と一緒にご飯を食べるのが好きなんだ」  伊坂はご飯を美味しそうに食べる。別に話をしなくてもいい。俺はその隣で気持ちよくお酒が飲めるんだ。 「お前ってなんでそんなに……」 「ん?」  座っている俺の膝の上に、伊坂が倒れこむ。それから腹に腕を回して動かなくなった。 「どうした」 「お前は」 「ん?」 「俺と別れても生きていける?」 「なんだそれ」  俺の腹のあたりに顔をうずめた伊坂がくぐもった声で言った。俺はその髪をそっと撫でる。この色素の薄い髪が、実は染めたものじゃないことを知っている人は少ない。 「あの時お前から別れを切り出されて、俺は必死だった。俺はお前なしじゃ生きていけないから」 「情けないな」 「うるせ」 「俺は生きていけるよ」  俺の言葉に伊坂ががばりと顔を上げた。驚いた顔で俺を見ている。 「当たり前だろ。そんなことで死んでたまるか」 「……冷たい」 「普通だ。お前だってきっとそうだよ。もし別れることになったとしても、これからもそうやって生きて行くんだ」 「冷たいよお前は」 「俺はお前が幸せでいてくれたら、たとえ一緒に生きられなくても、それでいいんだ」  それが本心だった。もし俺以外の誰かを選んだらと考えると本当に苦しくなるけれど、伊坂が幸せならそれでいい。伊坂は俺の、誰よりも大切な人だから。 「お前って時々本当にさあ……」 「え?」  なんでもない、と起き上がった伊坂が勢いよくベッドから立ち上がる。そして俺を振り返った。 「帰ろうか」 「ああ、朝ご飯食べてからな」  俺もベッドから立ち上がると、これから先の長い長い道のりを一緒に歩いていくその肩に、肩を並べた。
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