一緒にごはんを

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 俺が伊坂に別れを切り出したのは、俺の存在が伊坂の家族にとってよく思われていないことを知っていたからだった。家族、という言い方は少し語弊があるかもしれない。正確に言えば伊坂の父である伊坂誠一郎氏が強く反対しているのだった。  伊坂の父親は昔気質の人だ。とは言っても俺は一度も会ったことはなく、伊坂の話から推測したことでしかないけれど。その信念は個のためではなく集団のために身を費やすことにある。 「社会のためになる男であれ。男は働いてこそ意味がある。個人のために生きるのは小さいもののやることだ」  その世代の人間の見本のような人である伊坂誠一郎氏は、よく喋る人ではなかった。しかし黙って見せる背中は何よりも彼の信念を表していた。  ただ、その考え方は彼の次男には馴染まなかった。 「ちょっと待ってよ、付き合ってるってどういう意味?」  母さんより先に我に返ったらしい姉さんが、大声で問いただす。基本的に振り回されるのは俺の方だから、こんなふうに姉さんを驚かせるのは珍しいかもしれない。 「俺と伊坂は付き合ってる。真剣に」 「いつから?」 「高校三年からだから、18の時からだ」  今度はようやく金縛りが解けた母さんに聞かれて答えた。伊坂は何度も、それこそ高校生のときから俺の家に来ている。付き合い始めた夏休みには俺の部屋で一緒に受験勉強をした。母さんとも何度も会っているし、一度、晩御飯をうちで食べたことがあったから父さんと姉さんも顔を合わせている。誰かを家に連れてきたことはなかったから、仲のいい友達ぐらいには思っていただろう。 「え、じゃあうちに遊びに来てた時はすでに付き合ってたってこと?」 「そうなるな」  俺の返事に姉さんはまた目を瞠った。母さんも声を出さずに驚いている。父さんは何か考えているのか、何も言わずにじっと俺と伊坂を見ていた。 「付き合ってるってあなたたち二人とも」 「わかってる。俺たちは男同士で、世間で言う一般的な関係じゃないことは。それでも俺は、伊坂と付き合ってると言うことにためらいはないよ」  この歳になると、恋人だの結婚だのそんな話が出るのは自然なことだった。自分から言うことはなかったけれど、聞かれれば俺は正直に答えた。それを冗談だと受け取る人もいれば、明らかに引いてしまう人もいる。あるいはあからさまに軽蔑の目を向ける人も。それでも俺は、伊坂が恋人だということをためらったことはなかった。  ちらと横目で見れば、伊坂も動じた様子はない。 「そんな急に言われても」  突然の告白に戸惑った様子の母さんと、驚いて二の句が継げない姉さんは俺たち二人を交互に見ている。戸惑いはあっても軽蔑した様子はなくて、俺は密かに安堵していた。ためらいはしなくとも、傷つきはするから。 「それで」  口を開いたのは父さんだった。この場で初めて口を開いた父さんに、隣にいる伊坂が緊張するのがわかった。 「お前たちはどうして欲しいんだ。それを認めてほしいのか」  そう、俺たちはただ付き合っていることを報告しにきたわけではなかった。もちろん認めて欲しいのもある。家族の理解を得たいという気持ちは大きい。伊坂の家族には反対されているからこそ余計に。  そして俺たちが決めたこと。 「俺は、伊坂と一緒に県外へ行くよ」  そう告げた。
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