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柏葉さんはテーブルに額を擦り付けんばかりに、ガバッと頭を下げた。
「愚息がとんでもないことを企てて申し訳ありません。お恥ずかしい話ですが、そもそも私がクビになったのは長年部下たちにセクハラまがいのことをしていたからなんです。それで妻にも離婚届を叩きつけられた次第です。それなのに息子は社長を逆恨みして」
「母さんはそんなこと一言も言わなかった! だから僕は……四宮社長を恨んで恨んで、いつか復讐してやろうと思ったのに自殺したってニュースで知って。逃げられたみたいで余計に恨みを募らせていたんです。……すみません」
岩城さんは私に頭を下げたけれど、別に彼に何かされたわけではない。彼の脳内で、復讐のターゲットにされていたというだけだ。
岩城さんが惚れさせようと企んでいても、私は決して彼には靡かなかっただろう。
あの時すでに私は、和臣に強く惹かれていたから。
「父が亡くなったというニュースを見た時、岩城さんはお母様のご実家で暮らしていたんですよね?」
「はい、岩手の山奥です。転校して二か月ぐらい経った頃だったかなぁ」
岩手県に住んでいた彼が、茨城県の笠井市で私を誘拐し一週間も監禁することは不可能だ。
やっぱり、岩城さんは誘拐犯ではない。
ホッとしたような、それでいて新たな問題が提起されたような複雑な思いで、コーヒーを口に運ぶ。
誘拐犯は今もどこかで生きている。もしかしたら、さっき道ですれ違った男がそうかもしれない。
【彼】は私に見つかるのを恐れているのだろうか。あの夏、雷を怖がって呪文を唱えた時みたいに。
ぼんやりと視線を彷徨わせた私の意識を引き戻すかのように、柏葉さんがゴホンと大きな咳ばらいをした。
「灯里お嬢様、不破和臣氏とご結婚されたそうで、おめでとうございます。……それで、一つお聞きしたいのですが」
「ありがとうございます」と応えてから、柏葉さんが改まって切り出すので、何事かと思ってコーヒーカップをソーサーに置いた。
「昔、彼の父親の会社が四宮との契約を打ち切られたせいで倒産したということはご存じでしたか?」
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