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セニョ探偵 再登場
この日の「蟻の門渡」ば静まり返っていた。
この場には、インタはいない。
「どうしてこんな事になったの。誰がこんな酷い事をしたの」
セニョが泣きながら訴える。
昨日の深夜、いや、今日の朝方と言った方が良いであろう。
インタが救急車で病院に担ぎ込まれた。
警察の調べでは、バットで頭を殴られたような痕があるらしい。
財布も無くなっている。
強盗事件として扱っているらしい。
「インタを襲っても金なんか持ってないのになぁ」とカンタがボヤくと、言下にヘンテがこう言い放った。
「わかったぞ、犯人はこの中にいる」
一瞬みんなが凍りついた。
ヘンテは続けた。
「先日のワードチョイスカラオケで、俺が支払った1万円があいつの財布に入ってるのを知ってるのはお前達だけだ」
(*前回のワードチョイスカラオケをお読みください)
皆を人差し指で、なぞるように腕を回す。
「ヘンテこんな時に悪い冗談は止めてくんない」
セニョの叱責にシュンとなるヘンテ。
「なあイナちゃん。昨日、店に出てたんだろう。その時の様子を詳しく話してくれないか」
プラさんの投げかけにイナちゃんが昨日の出来事を語ってくれた。
そこには興味ある出来事があった。
昨日は、常連の客ばかりの5人だけだった。
「雨が降り出した11時には、カッブルの二人が退店し残り3人、電気屋の武さん、床屋の小林さん自転車屋の斎藤さんがいました」
「いつものメンバーだな」カンタが言った。
「面白かっのはその後です。インタさんがおもむろに財布からロト6のくじ券を皆に見せたんです」
「それで、それで」
みんなの顔が興味津々になってきた。
話を要約しよう。
インタは得意満面で、ロト6のくじ券を皆に見せ、その後、当選番号を発表した新聞の切り抜きを差し出したのである。
なんと、一等が当たっている。
金額2億円だ。
店内は大きく盛り上がり、てんやわんやになる。
どこで買ったんだ。
何に使うんだ。
店は続けるのかと質問攻めに合うインタであった。
そして、そろそろ閉店間際になった頃、インタが、思いがけない行動を取る。
1億円の当たりくじ券をその場で破って刻み、ばら撒いたのである。
当然皆はあっけに取られる。
そこでインタはこう言った。
「種明かしをしま~す。実はこのくじ券は一週前のもので〜す」
そうインタが買ったくじ券は、翌週の当たり番号と同じだったのだ。
店内は大笑いに包まれ、インタの余りにも運のなさに驚き、同情した。
店は、深夜1時半には閉めてイナちゃんは帰途につく。
インタは酔が覚めるまで横になって
、雨が小降りになって帰ると言ったらしい。
「宝くじの当然番号を前の週に買ってるなんて、こんな不運な話初めて聞いた」と言うカンタにプラさんがこう言った。
「アイツらしいと言えばアイツらしいじゃないか」
そこに神妙な顔をしているセニョがイナちゃんに尋ねた。
「ねえイナちゃん。インタがくじに当選したと言ってから、閉店間際にネタを明かすまでの間に帰ったお客さんはいないの」
「何故そんなことを聞く?」ヘンテが聞く。
「なるほどね、ヘンテわかんねぇのか。そいつは、インタがまだ財布の中に一億のあたり券を持っていると思っているんだ」
プラさんが代わりに答える。
「そういう事か、そいつが犯人の可能性が高いってことか。イナちゃん誰かいるのか? 思い出せ」
ヘンテに急かされ頭を振り縛り、必死に思い出すイナちゃん。
「アッ、思い出しました。自転車屋の斉藤さんが雨が降って来たので、奥さんが傘を持って迎えに来たので帰っていきました」
「あの斎藤の親父め、太えコトををしやがって」
「ヘンテ待て、まだ決めつけてるのは早すぎるぞ」
プラさんが宥める。
「斎藤さんは、この前孫ができたってあんなに喜んでいたのに、俄には信じられんな」
カンタは腑に落ちないた思った。
「しかし、最近自転車が売れなくて困るってボヤいてなかったか」
「確かにヘンテさんが言うように、店を畳むかもしれないから、あんまり飲みに来れなくなるかもって、仰っていました」とイナちゃんが言った。
ヘンテはスッと立ち上がると、
「決まりだな。兎に角、この事を警察に届けるか、俺達の手で証拠を突き止めるかだ」
「まあ待て、急いてはことをし損じる。明日はインタの面会ができる。ヤツに報告してから決めよう」
冷静なプラさんが皆をまとめる。
「でも流石にセニョさんですね。私の拙い話から、そこまで推理できるなんて、まるでホームズかコロンボみたいですね。アッ古過ぎますね、金田一少年かコナンみたいな名探偵です」
イナちゃんの発言した名探偵にハッとなり皆が目を合わせた。
セニョ探偵の再登場に不安がよぎった。
翌日の午後に集まったメンバーは、バスを降りて病院に歩いて向かう。
皆が暗い表情で歩く途中、カンタがこんなことを言った。
「俺、今日変なもん見ちまったんだ」
「嫁さんの素顔でも見たのか?」ヘンテが茶化す。
「俺の嫁は妖怪か」やつと笑いが起きる。
「実は、午前中にM銀行に行ったんだけど、そこに斉藤のオッサンがいたんだ。お偉方さんのような人に奥の部屋へ案内されてた」
「M銀行と言えば宝くじの換金ができますね」とイナちゃんが言う。
「あのオッサン、確かメインバンクは信用金庫じゃなかったか。確か前にそう言ってたぞ」
プラさんが言うと、ますます怪しくなってきたとメンバーは思った。
病院に着くと、部屋を確認し中へ入った。
すれ違うように、何だか強面の二人組が出ていった。
警察の事情徴収がある為、一時的に個室に入っていた。
「おう、みんな来てくれたのか」
予想以上に元気なので驚いた。
「お前体は大丈夫なのか? 頭、怪我してんだろ」
心配そうに聞いた。
「大丈夫、大丈夫心配するな。俺の頭は、お前たちの勃起したアソコよりも固い」
「私帰る、お大事に」
セニョが帰るふりをすると、ゴメン、ゴメンと謝るインタ。
「はい、コレお見舞いです」ヘンテが渡す。
「万年金欠病のお前たちが気の利いたことを。中身は何だ」
「お前の好きな、きんつばだ。今時、きんつば何か売ってるところを探すのが大変だったんだぞ」
「それは済まない。みんなありがとな」
「それより、さっきすれ違った男二人は何者だ。かなり人相が悪い奴だったが」プラさんがが問う。
「あの人達は警察の人だ」
おそらく刑事だったのだろう。
鋭い目つきは、凶悪犯担当に間違いない。
「それでお前は、犯人に心当たりがあるのか」
カンタが単刀直入に尋ねる。
「犯人? ああ、犯人か、あるにはあるが、ないといえばない。」
どういう意味だと尋ねられると、
「犯人は俺自身だ」
親指を自分の顔に向ける。
メンバーは、ぽか〜ん顔だ。
「オイ、わかりやすく説明しろインタ」
既に怪我人に対する態度ではなくなってきているプラさん。
インタは昨日の出来事をメンバーに話した。
彼の話した内容はこうだ。
昨日インタが目を冷まし、酔ってはいたが帰宅する事にしたようだ。
インタは記憶が薄いようだ。
帰時の途中、足場が組んである改築中のビルを見て、急に登りだしたというのだ。
そこに組んである足場の鉄パイプを握りしめ、何と逆上がりをしたというのだ。
酔っていたのと雨で鉄パイプが濡れていたことも災いしてインタは滑り落ち、下の鉄パイプで頭をしこたま打ったのである。
暫く脳震盪で動けなかったが、我に返ると起きて歩き出し、帰時につく途中で出血のせいとまだ酔いが冷めてない為に、倒れてしまったのだ。
そこをたまたま通りかかった人が、警察に通報したという訳だ。
「どうして事実が分かったんだ。お前酔ってたんだろう」プラさんが聞くと、
「監視カメラだよ。向かいのカメラにくっきりと映っていた。俺が足場をよじ登っているところを、それに現場に俺の財布が落ちていた」
「と言うことだ、セニョ探偵」
ヘンテがニヤリと笑ってセニョの肩をポンポンと叩く。
「チョット待ってよ。何が言いたいのそのニヤケ顔」
「なんだお前達、また探偵ごっこやってたのか」インタが、他人事のように言った瞬間
誰のせいだと皆がインタに襲いかかった。
ヘンテが首を絞め、プラさんが右手を捻り、カンタが左手に噛みつき、セニョが足の裏をこしょぐリ、イナちゃんが必死で止めている。
とても病室に思えない。
病院を後にした5人はバスを降り、店に帰る途中に遠くから自転車に乗ったオッサンが近付いてきた。
斎藤さんだ。
キーッとブレーキを掛けて止まると、開口一番こう言った。
「マスター大変だったらしいな。あんな面白いやつを誰が襲ったんだ。犯人は見つかったのか」
セニョは体裁が悪いのかプラさんの後ろに回った。
「イヤ、実は事件でも犯罪でもないんです。インタの自業自得の事故だったんだ」
プラさんがことの真相を手短に説明した。
「何だ、そうだったのか、人騒がせな野郎だ。あいつらしいがな」
「それはそうと、齋藤さん、今日俺M銀行で斎藤さんを見かけたよ」カンタが言った。
「何だ、声をかければ良かったのに。実はな、今度M銀行が懸賞品付定期預金を発売するらしいんだよ。その懸賞品にうちの自転車を購入したいとの事だ。10台もだぞありがたい、ありがたい」
そう言って齋藤さんは帰っていった。
「それ見ろ、俺が言った通りあの人はいいオッサンだ」
見の代わりの早いヘンテに皆が呆気にとらわれる。
「結局、セニョ探偵の2敗目が決まったな」
「チョット、ヘンテ縁起の悪いこと言わないでよ。一番疑ってた癖に」
セニョの膨れた顔も可愛かった。
インタの怪我は予想以上に軽くて、一週間もすれば退院出来るようだ。
何時もの日常は、思ったよりも早く帰ってきそうだ。
次回 [ブラさんの旧友]
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