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ブラさんの過去
ダンペイを囲むようにボックスの席に固まって座っている。
「聞き捨てならない話だな」神妙な顔つきでインタが言った。
「私信じられない、ブラさんがヤクザな道に足を踏込もうもしたなんて」セニョが声を張る。
「何も亮太がヤクザになろうとした訳ではない。ならなくてはならない様な事件があったんだ」
「詳しく話してくれないか」
何時もフザケる事しか考えないヘンテが、渋い顔つきになっているが、太ももに置いた肘が滑ってガクンとなった。
「あれは、俺達が丁度二十歳の時だった」
ダンペイが語った話は、まるでドラマの様な奇想天外な物語だった。
当時はまだバブル経済の真っ只中だった。
土地を買えば必ず値段が上がると言われ、株や不動産などに、狂ったように投資をする者が多かった。
バブルとは無縁の亮太とヒロシと、当時亮太が付き合っていた真由美という女の子と三人で居酒屋でしこたま飲んでいた。
二十歳になったばかりでまだ飲み方がよく分かってなかった三人は、店を出た後カラオケボックスに千鳥足で向かう途中に事件が起きた。
あと少しでカラオケボックスに着くというところで、道端に止めてあった黒練りのベンツが目に入った真由美が「こんな所に車止めやがって~」と靴底でベンツを蹴り上げたのだ。
真由美は、大虎だったのである。
車内から、男二人が降りてきた。
もろにヤクザだ。
ブラックフィルムが貼ってあった為中が見えなかったのである。
ベンツの前に止めてあったセルシオからも、更に二人降りてきた。
「コラ~お前ら何をしやがる」
紫のダブルのスーツを着たパンチパーマ頭の若者が凄んできた。
「スミマセン、こいつ酔っ払ってんです」
亮太がすかさず謝り倒す。
ヒロシは固まってしまった。
「何よアンタら~ヤクザの癖に一般市民に喧嘩を売るの」
足がふらつきながらも、ヤクザに突っかかる真由美を羽交い締めにして抑え込む亮太。
「オマエラ、この車の持ち主を誰だか知ってんのか。太陽会会長の車だぞ」
「ほんとにゴメンナサイ、修理代は必ずお支払いしますので許して下さい」
亮太は真由美の口を塞ぎながら、必死に謝る。
「どうします兄貴」
角刈りの男が、セルシオから降りてきた年配の兄貴分と思われる男に尋ねる。
「ここじゃ何だ、一旦事務所に連れていけ」
何と3人共、ヤクザの事務所に拉致監禁されたのである。
「そんな凄い事があったんだ。普通小便チビッでもおかしくない話だな」
ヘンテが身震いする。
「それでどうなった。早く続きを聞かせてくれ」とインタが言うと、ダンペイは手のひらを差し出してこう言った。
「ここから先を聞きたいなら一人千円を出せ」
「・・・・・・」
「冗談だよ、冗談」
ダンペイはペットボトルの水を一口飲むと、続きを語りだした。
太陽会の事務所に連れて来られた三人は、正座して項垂れている。
太陽会と書かれている赤提灯が壁にズラッと並べられている。
間違いなくヤクザの事務所だ。
真由美は酔が冷めたらしく泣きっぱなしだ。
暫くすると、先程の兄貴分と思われる男が入ってきて、ソファーに腰を下ろす。。
「お前達、こっちに来てソファーに座れ」
足が痺れてモタモタすると、早くしろと、若いヤクザに急かされる。
失礼しますと言ってソファーに座ると直ぐに、それぞれの名前と住所を聞かれた。
「俺は、太陽会で本部長をさせて貰っている月野ヒョウゴと言うもんだ」
「本当に、酔っていたとはいえ大変な事をしてしまってスミマセン」
亮太が言って、三人は深々と頭を下げる。
「私、全然覚えていないんです。ゴメンナサイ」
真由美は、泣きながら声を絞り出す。
「止められなかった僕達も悪いんです」
ヒロシの足が震えなから言う。
「事情は分かった。だが俺達の世界は、会長の車を蹴りこまれ、弁償しますからゴメンナサイでは済まないんだ。分かるな」
三人は黙り込んだ。
「だからといって、お前たちの指を寄越せなんて言わねえ。素人の指なんて金魚の餌にもならねえ」
「どうしたらいいんでしょう。お金でしょうか?」
「金もいらねえ。 お前達が無事にここを出て行きたいなら方法が二つある」
「何をすれば、いいんでしょうか?」
恐る恐る亮太が聞いた。
「一つは、お前たち男二人が内の会に入会するか、もう一つは明日一日俺の仕事を手伝うかだ。どうする?」
亮太もヒロシも極道が務まるわけがないし、明日一日で開放されるのであればと、後者を選択した。
「怖かっただろうな真由美ちゃん」
セニョが自分の事のように震える仕草をする。
「あの当時は暴対法も無ければ、条例も緩かったしな。ヤクザが堂々と看板を上げていた時代だったな」とインタが言う。
「いくらプラさんでも二十歳そこらじゃ、ヤクザに刃向かう事なんて考えもできないだろうな」
「カンタさんの言うとおりです。今の歳の私でも難しいです」
「心配するなイナちゃん。今はこの仲間がいるさ。怖いもんなんてないさ」
ヘンテの言葉にニコリと笑顔を浮かべるイナちゃん。
「亮太はいい仲間がいて幸せだな」
ダンペイは本気で羨ましいと思った。
「話は佳境に入ってきたな。ダンペイ続けてくれ」
亮太とヒロシは、事務所から解放された。
いや解放ではなく、仕事に向かわされたと言うべきだろう。
月野ヒョウゴの仕事の依頼は、衝撃的なものだった。
何と地上げ屋の手伝いだ。
地上げ屋とは、一定区域の複数の権利者から土地を買い上げ一纏めにして、転売することだ。
土地の所有者が立ち退きを拒んたリする時にヤクザが出動する。
様々な嫌がらせや脅しをかけたり、時には暴力的な実行部隊が動くときもある。
バブル時代にはこの地上げが横行し、問題になった。
亮太達が頼まれたのは、地上げがほぼ終わりつつある地域に、一軒だけ立ち退き拒否をする老夫婦がいるという。
その家に、殺した野良犬を投げ込んでこいというのだ。
やはりヤクザとは恐ろしい人間達だ。
しかし、このまま逃げる事は出来ない。
真由美はまだ事務所に残って待っている。
なんと言っても名前と住所は知られている。
家族にも迷惑がかかる恐れがあるからだ
やるしかないと二人は思った。
まずは、野良犬探しだとばかりに歩き回ったが、一匹も見つからない。
歩き疲れて公園で一休みしている。
「俺今気づいたよ。日本にはもう野良犬はいなくなってる」
そう言ってヒロシは芝生に寝転がった。
「そう言えば、最近野良犬って見てないな、小学生の時は結構いた気がする」
亮太も同感だ。
「亮太、もし野良犬を捕まえたら、どっちが殺すんだ」
「うちは、仏教者だ。殺生は出来ない。お前が殺っでくれ」
「うちも仏教だよ」
「生類憐れみの令を知ってるだらう。うちの家系は徳永綱吉に繋がる。お前が殺っでくれ」
「それを言うなら世界動物愛護協会の理事長は俺の親戚だ。オマエが殺れ」
くだらない会話をしている所に、老夫婦が仲良く散歩をしていた。
おじいさんの方が大型犬に引っ張られている。
それを見た二人は顔を見合わせた。
亮太とヒロシは、ペット屋の前にいた。
そうだ、見つけられなければ、飼うしかないのだ。
「亮太、二人合わせて7450円だ。この値段で買えるのか」
「分からん。金を出して動物を買おうなんて思った事もない」
心配ながらも店内に入って品定めを始めた。
値札を見て驚いた。
とても買える値段ではない。
「ヒロシ、買えるどころじゃない。桁が違う」
ヒロシはゲージからチワワを取り出し、頬寄せてじゃれている。
「亮太、お前この子たちを殺せるのか」
「しーっ、声がでかい」
「ゴメンゴメン、あんまり可愛かったもんで」
「兎に角、店員に聞いてみよう」
近くにいた、女性の店員に尋ねてみた。
当然7000円で買える犬など無かった。
落ち込んで帰ろうとすると、見かねた店員が
「あのう、犬じゃなきゃ駄目なんですか?」
「7000円で買える動物がいるんですか」
この際見ておこうと亮太は思った。
「よかったらこちらに来てください」
店員は、うさぎのコーナーに導くと、四角いゲージから一匹の白いウサギを取り出した。
何でも買い手が付かず、大きくなってしまったとの事だ。
「売れ残りのかよちゃんです。どうせ売れないだろうから名前を付けちゃったんです」
頭から体にかけて撫でながら話している。
「これ幾らですか?」亮太が聞いた。
「3000円でいいです。可愛がってくれるなら」
辺りはすっかり薄暗くなってきた。
河原の土手に二人して寝そべっている。
「なあヒロシ、おまえ殺ってくれないか」
「俺には出来ない理由がある」
ヒロシは、ウサギの脇を抱えてじゃれている。
「今度はなんだ」
「さっき女の店員が言ってただろう。この子カヨちゃんっていうんだ」
「それがどうした」
「母ちゃんと同じ名だ」
「ハハハ、そりゃできないな」
「お前殺ってくれるのか?」
「しょうがないだろう、お前の母ちゃんと同じ名前なら。それに元々、真由美は俺の女だ。初めから俺がやんなくちゃいけなかったんだ」
すうーっと立ち上がると、手頃な石を拾って覚悟を決める。
「ヒロシ体を抑えててくれ。頭をねらう」
「本当に殺るんだな」
ヒロシの目から涙が溢れる。
亮太が石を持った手を振り上げる。
殺気を感じたか、ウサギの体が暴れだす。
亮太の目に真っ赤なウサギの眼が映る。
「うわーー」
亮太は振りかぶった石を遠くへ投げた。
「できねえ~よ~。できねえ~よ~」
亮太は咆哮した。
「いいんだよ、いいんだよ~それで」
ヒロシも号泣する。
セニョは泣いていた。
「ありがとう、ブラさん。ありがとうダンペイ」
「なんだよ今更、数十年前の話したぞ」
ダンペイは不思議に思った。
よく見たら、他のメンバーも泣いているのであった。
「ウサギのカヨちゃん元気かなあ」ヘンテが涙を拭いながら言うと、
「生きてるはずないでしょう。うさぎの寿命は7~8年よ」
セニョの泣きながらのツッコミが入る。
「ても結果的には約束を破ったんだから、その後はどうなったんだ。殴られたのか」
インタの問にダンペイは、
「ここからが面白いんだ」
亮太はヤクザになる事にした。
ヒロシも一緒にと言ったが、お前は高村工務店の後継ぎだ。
何とか俺一人で済むように交渉すると言った。
事務所に戻ったのは、夜の8時を過ぎた頃だった。
真由美は目を真っ赤に目を腫らしている。
一日中泣いていたのだろう。
本部長の月野がソファーで待ち構えていた。
角刈り頭の弟分が厳つい目をして言い放った。
「お前ら何にも仕事できなかっようだなあ、オマケになんだ、ウサギなんか抱えてきやがって」
「どういう事か説明してもらおうか」
月野の低い声が響いた。
「スミマセン、できませんでした。俺、ヤクザに成ります」
亮太はそう言って、今日一日の出来事を詳細に話した。
「話は分かった。だが約束は約束だ。お前たちは、今日から会の人間に―――」
その時に奥の部屋から一人の年配者が入って来た。
部屋中に緊張が走る。
組員のセ筋もピーンと伸びた。
「会長、コイツ等がさっき話した若造です」
この人が太陽会の会長だと理解できた。
会長は、ヒロシに近寄るとウサギを取り上げ頬ずりをした。
「ウサギを殺さないでくれてありがとう。私はね、卯年の生まれなんだよ。卯年生まれは負けん気が強いと言われている。そのお陰で私はこの地位を築き上げたんだ」
会長は、抱いてたウサギを月野本部長に渡した。
「月野うさぎ」と思った瞬間、笑いが出そうになったので払拭するのが大変だった。
「この子達を開放してやんなさい」
会長のこの一言で私達は、自由の身になった。
事務所を出る時、玄関口にウサギの置物が目に入った。
ウサギに助けられたと思って一礼した。
「すごい話だったな」カンタが思いにふける。
「プラさんらしいエピソードだね、素敵」
セニョの顔が笑顔に戻った。
「その後真由美ちゃんとプラさんはどうなったんだ」インタが聞いた。
「その後、二人別れたよ。真由美は、酒を一切飲まなくなった。亮太はその後、田舎は嫌だと言って町を出た」
「もしもさー、プラさんがヤクザになってたら今頃どうなってたと思う」
インタの質問にイナちゃんは、
「ブラさんは頭が切れるから今頃会長さんになられてますよ」
「今時、金の無い奴は出世しないらしい。多分鉄砲玉だろう」
ヘンテが減らず口を叩いている時、ドアが開いた。
手荷物抱えてプラさんが帰ってきたのだ。
「プラさんお帰り~」
セニョがピョンピョン飛び跳ね手を叩く。
「みんな勢揃いか、ほらお土産だ。2000円もする温泉饅頭だ」
「プラさんありがとうございます。早速お茶を入れましょう」イナちゃんが席を立つ。
「アレ、お客さんがいたのか」
プラさんがダンペイに気づいた。
「早速、紹介しよう。俺達に新しくできた仲間、ダンペイ・コロシアムだ」
ヘンテがダンペイの背中を押してプラさんの前へ押し出す。
「ダンペイ・コロシアム? インタお前またやったな」
「初めまして、ブラジーボ・ドザエモンさん」
ダンペイが握手を求める。
それに答えるプラさんがガッチリ握手をする。
「こちらこそ、ダンペイさん」
その瞬間に店の中が大爆笑に包まれた。
何がなんだか分からないプラさんが、セニョの顔を見ていった。
「どうしたセニョ、ウサギの目の様に真っ赤になってるぞ」
次回 [葬式屋の恩返し]
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