逃した魚

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逃した魚

       今や世界的ロックバンド、「レッツパンクス」のサポートギターリストである村田京二。   レッツパンクスとは、アイドルとパンクロックを融合し、新しいパンクを産み出したと人気が高まり、大人気になる。 ファンには、レパンと呼ばれている。   彼が、友人と、たまたま入ったカラオケスナック「蟻の門渡り」で不思議な出会いをした。 自分の素性は隠し、インタと呼ばれるマスターと色々話をした。 何でも、バンド活動をしているという。 「ひょっとこ&ドザエモンブラザーズ」というふざけたネーミングだ。 コミックバンドであろう。   そろそろ帰ろうかと思ったやさきに、一人の少女が店に入ってきた。 超がつく可愛い子だった。 ちょっとやそっとのアイドルでは太刀打ちできない。 無垢な雰囲気だが顔に締まりがある。 忘れ物をとりにきたという。    「この娘がうちのボーカルです」 とマスターが紹介した時、正に狐に顔をつままれた様な表情だったと思うが、驚いたのは更にその後だ。    「セニョ、一曲唄っていけよ」 マスターのリクエストに彼女は答えて歌った。 彼女はBABYMETALのmo rain no rainbowを唄った。 度肝を抜かれた。 どこまでも伸びる清らかな声、豊かな感情表現。 この若さでこの歌唱力。 ダイヤの原石を見つけたと思った。    数日後、音楽プロデューサー林田サトシは、今やレパンこと、レッツパンクスを産み出したとして、世界的にも知名度が急上昇中だ。 その彼が彼が、なんと、ひょっとこ&ドザエモンブラザーズのボーカルセニョとリーダーのインタ二人に面談している。 村田の触れ込みで興味を引いたという。 リーダーと名乗る男が、挨拶をする。    「私達たちがヒョットです」 多分、RADWIMPSがラッドと呼ばれてる様にカッコ付けたつもりだろが、お前達の名はひょっとこ&ドザエモンブラザーズだと言いたかったが、口には出さない。    「ジャンルはロックですか」    「主にロックですが、別に拘りません。オリジナルで色々演ってます」    この後、色々と質問をしてわかってきた。 彼等は、ウルトラスーパーデラックススペシャルのカスタムホールを対バンと2度チョーマンにしたと言ってる。 名前は大層だが、収容人員は確か80人ほどだ。 自主制作でCD500枚を創ったが、なんと75枚しか売れなかったとのこと。 バンドのメンバーはアラカンのオッサンだということ。 経歴と言えるようなものは何も無かった。    「バンドの名前も変わってますが、皆さんの名前もかなりユニークですね」    「ハハハ、実は私は、自分の才能を活かした広告代理店のコピーライター志望だったんですよ」 とインタが誇らしく言うが、林田は褒めたつもりは毛頭ない。 この男の感性は地球のものとは思えない。   しかし、どうしても気にかかるのは目の前にいる女の娘だ。 確かに村田が言ってたように美しい娘だ。 あからさまに、なぜこんなオッサンとチームを組むのか聞きたいところだが、心に閉まっておく。    「ひょっとこさんの経歴はよくわかりました。それで、お持ちいただいた音源を拝聴させて頂いていいでしょうか」 敢えてヒョットとは言いたくない。  「ヨロシクお願いします。」と言ってセニョがCDを差し出す。 近くに寄られただけで気圧されそうな魅力を持っている。 スタッフと一緒に早速、音源を聞いてみた。    とてもプロのレベルに達していない。 高校生でもまだ、ましなバンドがいる。 なんと言っても酷いのが、オリジナルの楽曲である。 幼稚な曲作りで最低の作詞。一部紹介しよう。     題名  キンカン坊主     作詞作曲 ひょっとこ変態性低気圧 キンカンぼ〜ず〜 キンカンぼ〜ず〜 私のあだ名は キンカンぼ〜ず キンカンぼ〜ず〜 キンカンぼ〜ず〜 触ってなでると キンカンぼ〜ず 雨が降ろうと、夜の闇でも、私の頭は輝くの キンカンぼ〜ず〜 キンカンぼ〜ず〜 みんなが大好き キンカンぼ〜ず 「本当にこの曲が売れると思って、500枚もオーダーしたとは、正気の沙汰か」 林田は呆れてものも言えなくなっている。   しかし、褒めるべき点がある。 ボーカルである。 個性的な声質、何処までも届きそうな透き通る声。 まだ17歳とは信じられない歌唱力。 久し振りに現れた逸材だ。 林田は、欲しいと思った。   バンドは使えないが、ソロとしては充分デビューに値する。   「いや〜中々興味深い楽曲でした。また今度こちらから連絡する時があるかもしれません。その時はヨロシクお願いします」   「こちらこそヨロシクお願いします」と満面の笑みで握手を求めた。 この楽曲をプロの音楽家に聴かせる自信は何処から生まれてくるのかと林田は驚いた。 二人が去った後、スマホを手に取り、村田に連絡を入れる。    「村田君か、あの例のひょっとこ達。君の言うとおり、ボーカルは一流だった。それで君に頼みがある」    林田は村田に、セニョにソロとしての契約を承諾するように、交渉を頼んだ。    村田京二はF高校の前で、セニョを待っている。 彼女は、この高校の定時制に通っている事は事前に聞いて知っていた。 林田プロデューサーから頼まれ、ひょっとこ&土座右衛門ブラザーズからの一本釣りの交渉だ。 15分程待つと直ぐに見つける事ができた。 並外れた美しさだ、直ぐにわかった。    「セニョちゃん元気、俺の事覚えているかな」    「あぁーハイ、分かります。インタの店のお客さんですよね。確か村田さん」    「ありがとう、覚えてくれてて。実は今日、大事な話があって来たんだ。悪い話ではない。君にとって未来の話しだ。少し時間を取ってくれないか」    「別に構いませんけど、じゃあインタの店でいいですか」    「ゴメン、それは困る。君とだけで話がしたいんだ」    「わかりました。ある程度なら時間がとれます。校庭の中で伺います」  校庭の横に流れる川との境の土手に腰を下ろす二人。    村田は自分の素性と林田プロデューサーに紹介したのは自分である事。 それはセニョの素質を評価してであり、バンド自体ではない事。 何よりセニョをプロのシンガーとして林田プロデューサーが育てたいと思っていることを伝えた。  「私、変だなあって思ってたんです。どうしてあんな大物プロデューサーが、私達みたいなバンドに興味を持ったのか」    「確かにそうだな。酷かったな、あのキンカン坊主。聞かせてもらったよ。 それでどうする、またとないチャンスだと思うが」   「折角だけどお断りします」   「本気なのか、このビッグチャンスをみすみす諦めるのか」    「そうですよね勿体ないですよね。でもいいんです。村田さんにだけ、私の過去を教えちゃいます」  セニョが語ってくれた。   彼女はなんとお寺の娘だという。   中学校の授業で共生を習っていた時だ。 何故、人間が死んだ時に火葬するのだろう。 土葬にし、微生物に分解してもらわないと、生態系の循環に寄与していないと思ったらしい。 色々な人に疑問を投げかけたが、納得のいく説明は受けられなかった。 学校や社会、平和主義、NGO等々、全てを疑い出し中学を卒業後、家を出た。 今はイトコの家に仮住まいし、バイトしながら定時制に通っている。 そしてオッサン達に出会った。 村田は思った。 きっと感受性が強い娘なのだろうと。 彼女の歌の凄みは、そんな所からきてるのだろう。    「それで答えは見つかったのか」     「全然、でもあのオッサン達といると、どうでも良くなった。きっと子供の麻疹みたいなものだったのかも」    「確かに、あのインタって人も自由人だったな」    「自然体で生きるって大事だよね」 妙に大人びて見えるセニョ。    「なんか、悟りを開いたみたいだな」    「どうだろう。でも私、もう少しあの人達とまだ一緒にいたい。学びたいし頑張ってみたいの」 彼女の意志が強い事がハッキリ伝わってきた。 諦めきれない気持ちもあるが、しょうがない。    「君の気持ちはよく分かった。林田さんには僕から説明しておくから、何かあったら何時でも相談してくれ」    「ありがとう御座います。それから、きょうの事はメンバーにはナイショでお願いします。きっと、何でそんな勿体ない事したと怒るに決まっているからね」とセニョは無邪気に笑った。   最後に一つだけ聞きたいことがあった。  「そりゃないよセニョリータって名前は、お気にめしか」   セニョは笑って答えなかった。 きっと今は、気に入ってるのだろう。   本名の真行寺麻里奈の方が素敵だと思うが。 村田はセニョの説得は無理だと確信した。 最後に頭を下げ、校舎に向かう彼女の姿を見て思った。 逃した魚は可愛かった。 次回 [ジョニーがやっきた]
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