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ジョニーがやっきた
「蟻の門渡リ (ありのとわたり) 」ここは、インタが経営するカラオケスナックであり、昼間は、メンバー達が集まる憩いの場になっている。
店名が恥ずかしいから変えてくれとセニョに言われるが、当人にその気は毛頭ない。
ヘンテとカンタの名字を合わせただけだと譲らない。(有野・戸渡)
「ねぇインタ、昨日カンタが黒人の男の子と歩いてるの見たんだけど、誰だか知ってる」と店の片付けを手伝うセニョが尋ねる。
「アイツ英語話せないだろう、見間違いじゃないのか」
「間違いない、絶対カンタだった。ガイジンの年はわかりにくいけど、私よりは少し年上かな」
「まぁ直に顔出すだろう、しつこく聞いてみっか」
開店の準備もようやく終わり、ひと息ついていると、ヘンテ、カンタ、プラさんが店に入ってくる。
間髪、容れずにインタが尋ねる。
「カンタお前、昨日黒人の男とつるんでたって本当か」
「相変わらず地獄耳だなぁ」
「色々と訳ありみたいだぜ」プラさんが言う。
「何だ、まさかお前の隠し子って訳じゃないだろうな」
「くだらねぇこと言うな。あいつの名はジョニーってんだが、俺の親戚筋になるんだ」
「どういう関係なの」興味津々のセニョが尋ねる。
「俺の叔父がアメリカで黒人の女性と結婚して産まれた子供が、日本人女性と結婚して産まれたのがジョニーだ」
それを聞いたヘンテが言う。
「よくわかんねぇが、2世と3世を足して5世という事か」
「足すなよ」
プラさんが呆れている。
「実は、ジョニーの母親に頼まれてることがあるんだ。それで皆んなに力貸してもらおうと思ってな」
カンタの深刻そうな表情に、カウンターのストゥールに座るセニョは前のめりになる。
カンタが、ジョニーの母親から聞いた、彼の過去を話してくれた。要約するとこういう事だ。
18歳になるジョニーは、小さい頃から日系の黒人のだと言うことで、酷いイジメにあったようだ。
歳を重ねると事に非常に暴力的になり、手の付けられない暴れん坊になってきたようだ。
「ジョニーの母親から、人種差別問題に敏感になるのは構わないが、暴力的な思想を持つ事が心配なんだそうだ」
難しい問題だ。特に日本人は、この手の問題が苦手である。だが変わり者のヘンテはすぐ様こういうのである。
「よし、カンタの頼みだ何とかしてやろう。我々ひょっとこ&ドザエモンブラザーズの出番だ」
「やろう、やろう、私も協力するから」とセニョまで盛り上がる。
「ありがとう、ジョニーは爺さんと母親のお陰で日本語はペラペラだ」
斯くして、ひょっとこのメンバーは、ジョニーを救えを合言葉に立ち上がるのである。
数日後、「蟻の門渡リ」に集まったメンバーのもとに、カンタがジョニーを連れてやって来た。
「皆んな俺の親戚のジョニーだ、仲良くしてやってくれ」
皆が、それぞれハイタッチやグータッチをするなか、ヘンテは、
「俺、ハグした事がねぇーんだ、ハグしてくれ」とジョニーを抱き寄せる。
周りがキョトンとしている。
「俺、ジョニーって言います。カンタのオジサンの所で暫くお世話になります。ヨロシク」
「へ〜日本語うまいね。全然違和感ねぇな」インタが驚く。
「近くにネイティブが二人もいるから自然と覚えました」
なるほど、母親のお陰であろう、丁寧な日本語である。
ジョニーもロックが好きらしく、音楽論議に花が咲いた。
セニョがカラオケでセリーヌ・ディオンの歌を披露すると、ジョニーがその旨さに驚いた。
ジョニーも負けじとニルバーナを歌う。粗削りだが悪くない。
ジョニーと話しているうちに、本当に気持ちのイイ奴だと皆が思った。
明るいし、気遣いもある。
これが本当にカンタが言ってたジョニーなのか不思議なくらいだ。
だが、よくよく考えれば、まだ初対面だ。
自分を隠し、外国の生活になりを潜めているだけかもしれない。
ジョニーとセニョは、会話が弾んでいる。
若い者同士、気が合ってるようで微笑ましい。
水を差す様で悪いが、そろそろ本題に入らなければならない。
インタがカンタに目配せする。カンタは小さく頷き、ジョニーに語りかけた。
「ジョニー話があるんだ聴いてくれ」と言うと
インタがレコード数枚と、昔の雑誌をテーブルの上に置いた。
「ジョニー、人種問題に感心が深いのはいい事だ。正義感が強いのも悪くない。だが、過激な人間になって行くんじゃないかと、母さんがお前の未来を心配している」
「オジサンたちの国はいいよな、同じ様な見た目の人ばかりで暮らしているから」
ジョニーが鋭い目になる。
メンバーに緊張が走る。
「アメリカは狂ってるんだ。黒人を下に見て、アジア人を馬鹿にしてる。今だにニガーやジャップと罵る、弱いままでは生きていけないんだ」
涙ながらに語るジョニーの言葉は重かった。
気圧されそうになるが、インタが動いた。
「ジョニー、その雑誌見てみろ」ジョニーは雑誌をめくり覗き込む。
「今から数十年前の芸能人や人気スポーツ選手だ。パンチパーマって呼ばれてるが、当時俺達はニグロヘアーって言ってた」
ニグロもニガー同様に黒人蔑視の言葉とも言われている。
ブラさんが言う。「俺達世代は、ニグロって言葉はカッコよく聞こえるんだがなぁ〜」
「ホントに、ホントに日本人にはカッコよく響くのか」
「少なくとも俺達の世代には、たまらない響きだ」
ジョニーは信じられないといった面持ちだ。
カンタがジョニーの肩を叩く。
「あぁ、嘘じゃない。黒人の歌もヘアースタイルもニガーもニグロもカッコよく感じてたんだ」
ヘンテがレコードを示し解説をする。
「コレは、当時日本を席巻したミュージシャンで、今でもすごい人気だ」イエローマジックオーケストラ、イエローモンキー、横浜銀蝿のLPレコード版だ。
「YMOとイエモンと呼ばれているこの二つの意味はわかるな」
ジョニーは頷く。
「横浜銀蝿の銀蝿とは牛や馬の糞にたかるハエの事だ。最初、ヒデェー名前だなと思ったが、音楽聞くうちに不思議なことに、カッコよく聞こえるようになっちまった」
ジョニーは塞ぎ込んでしまっている。
泣いているのか。
「ジョニー、皆んなが何を言いたいのか、頭のいいお前にはわかるだろう」カンタが言う。
ジョニーはゆっくり立ち上がり、店を出ていってしまった。
店の中には重苦しい雰囲気だけが残った。
空気を変えようとセニョがおどけて言った。
「ひょっとして皆んなも、こんな髪型にしてたの想像しただけでも笑えるんだけど」とケラケラ笑ってみたが、うまくいかなくゴメンと謝った。
「ちょっとムリクリ感があったかな」とインタが言うと。
「確かに、我々が一夜漬けで考えた方法で、問題が解決するなら、世界はとっくに平和になってるよ」
プラさんの言葉には説得力を感じた。
「皆んなありがとな、結果はどうあれ、あとはジョニー自身の問題だ、奴を信じるだけさ」
2時間後、店の扉が勢いよく開いた。
ジョニーが戻ってきた。
吹っ切れたような表情に見えた。
戻って来たジョニーが、脇に何か挟んでいる。
さっきの塞ぎ込んだ姿はもうない。
少し恥ずかしそうに、「急に出ていってゴメン、そしてありがとう」
なれない会釈がガイジンらしい。
「俺目が覚めたっていうか、アプローチにも色々あるなって。 こういうの、目からブロッコリーっていうんだっけ」
くだけて、皆んなが笑う。
「そうそう、目からブロッコリーでOK」
「コラ、ヘンテ嘘教えちゃダメ。目から鱗よ、ウ・ロ・コ」
慌てて訂正するセニョが面白い。
「そうでしたか、お恥ずかしい。兎に角、僕は今日から変わることにします」
徐ろに脇に挟んである二つ折りの用紙を開いてみせた。
COOL NEGGERS BAND
と書いてある。
「俺アメリカに帰ったら仲間を集めて、クール・ニガーズバンドを創ることに決めたんだ」
「いいね〜少なくとも日本人にはグッとくるネーミングだ、何なら俺が君の芸名を」
と言ったところでセニョがインタの頭をペットボトルでゴツン、
「その被害者は私達だけで充分」
「皆んなが言ってくれたように、どうせ無くならない言葉なら、いっそ日本人みたいにカッコよくすればいいって、ニガーって言葉をカッコよくする。その方がクールだ」
ジョニーが吹っ切れた感がよく伝わって来る。
「そうだ、言葉じゃない。人を見るんだ。人間の、本質に目を向けるんだ。」プラさんが熱く語る。
「ジョニーだったらできるよ。いつかニガーって言葉が、ブルースやソウルのように聞こえる日が」
セニョの言葉にジョニーはウンと頷く。
「カンタおじさん、こんな素敵な人達を紹介してくれてありがとう、感謝します。」
「よく言った。さすがは俺の親戚だ。
だが無理はするなよ、批判も多いぞ」
「ウン、わかってる。でもきっと成功して有名になれば、世の中も変わるさ」
「私達も負けられないね」
セニョの言葉に、若いということは素晴らしいと、オッサン達は羨ましくて堪らなかった。
次回 [ポトフ現る]
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