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セニョ探偵登場
店のカラオケで、セニョがミー・トローフのロックンロールドリームスカムスルーを唄っている。
相変わらず上手い。惚れ惚れすとプラさんは思った。
扉が開く、インタが買い出しを終えてかえってきた。ポケットから何やら取り出す。
「店の前でこんなもん拾った」とカウンターに投げ出す。
それは、若い男が写った一枚の免許証だった。
早田真一、現在28歳、かなりのイケメンだ。
「セニョ、悪いけど帰る時に警察に寄って、落とし物の届け出をしてくれないか」
別にいいけどとセニョは免許証を手に取る。
そして、頭を傾げながらこう言った。
「これ偽造免許証じゃない」
プラさんが免許証を渡されじっくり調べてみるが、別におかしな点が見つからない。
「コレの何処が偽造なんだ」
セニョは得意満面な顔で、
「誕生日と写真をよく見て」
インタとプラさんは何度見ても分からない。
「本当、鈍いんだから。誕生日が7月25日なのに、この人、コートの襟を立てて写ってる」
言われてみれば確かに妙だ。
免許証の更新日は誕生日の前後一ヶ月だ。
夏の季節にコートはあり得ない、犯罪の匂いがする。
それにしてもこの娘は一瞬にしてよくこんな事に気が付くとは、歌も上手いが頭も切れる。
そこへ、ヘンテとカンタが遅れて店にやってきた。
ことの経緯を説明をした所で、カンタが免許証を見て声をあげた。
「俺、コイツ何度か見てる」
店の中に緊張が走った。
カンタが言うには、最近、家の斜向かいのアパートから出てくる所を何度か見かけたらしい。
「どうする、警察に届けるか」ヘンテが言う。
「待て、これは大きなチャンスかもしれんぞ。まあ聞いてくれ」
ニヤリと笑うインタのキモイ顔が、更にキモさを増すとセニョは思った。
インタが言うチャンスとはこういう事だ。
先ず自宅は分かっているから、この男の尾行をする。
そこで、犯罪の決め手になりそうな証拠やアジトをつき止め、それを持って警察に報告する。
犯罪が未然に防ぐことになる。
当然、警察から表彰され、マスコミからの取材を受ける。
その時にこう言うのだ。
「僕達は、ひょっとこ&ドザエモンブラザーズです。日本人として、当然の事をしたまでです」
これでバントの知名度も上がり、もしかすると400枚以上残っているCDも捌けるかもしれないと言うのである。
なんせこのバンド、自主制作したCD500枚が75枚しか裁けなかったのである。
正に、獲らぬタヌキの皮算用である。
「そんなに上手く事が運ぶか」
冷静なプラさんがそう言うが、聞く耳を持たない。
「心配するなダメ元だ。それに何時までもダラダラと尾行をする訳にはいかない。明日と明後日2日間だけやってみよう。それでダメなら諦める」
「何かワクワクして来た」とセニョが言うと、
「セニョお前は未成年だ。危険が伴なうこの捜査に参加させるわけにはいかない」
インタはすっかり捜査1課の刑事課長気取りだ。
「それで手筈はどうする」とヘンテもすっかりその気になってる。
「先ず、カンタが家から対象者を見張り、アパートから出てきたら我々にLINEを入れる。そこから、尾行を始める。後はその時次第だ」
何といい加減な計画の刑事課長である。だがこの尾行が思わぬ展開を見せるのである。
翌日、朝早くから「蟻の門渡り」で、メンバーはカンタからの連絡を待った。
プラさんは言う。
「本当にこんな優しそうなイケメンが、犯罪に手を染めてるか」
間髪を入れずにセニョが、「顔で犯罪者が決まるなら、あなた達は全員犯罪者よ」
「だったら、ヘンテは国際指名手配犯並だな」
「てめぇインタ、お前が人の事言えるか。鏡見てみろ、懲役30年の顔してる」
そこへ、インタのスマホに、カンタからLINEが入る。
「マルタイ動く」
「ねぇマルタイってな〜に」
「尾行の対象者だ」
益々、刑事ドラマの様相を呈して来た。
周りから見ればバカバカしいだろうが、もう止まらない。
皆んな酔っている。
それから次々と連絡が入る。
「カレー屋の前」「花屋の前」・・・・そして、「居酒屋Kを右折、そっちに行くぞ」
何と、このまま行くと店の前を通りそうだとインタが笑みを浮かべる。
「ミイラとりがミイラになったと言うべきか、鴨がネギを背負ってきたとと言うべきか。運が私達に向いてきたようだ」
ヘンテは、ガッツポーズをする。
店のドアを少しだけ開けて、外の様子を覗う。
その姿はまるでトーテムポールの彫刻のようだ。
正に今、対象者、早田真一が通り過ぎて行った。
背中にリュックを背負ってカジュアルな軽装である。
写真より若干髪は長いが、間違いない早田真一だ。
そしてカンタと合流する。
「カンタ、何か怪しい様子はなかったか」
「これといって、なかったな。スマホをいじりながら歩いてるんで、尾行は簡単だよ。今時の若者だな」
「ねぇインタ、私もついて行く。」
「駄目だ。何があるか分かんねぇ」
「何かありそうだったら、走って逃げるから。足には自身がある。それに、男4人が連れ添って歩くのは目立つんじゃない」
「う〜んそれも一理あるな。それじゃあ、くれぐれも注意してくれよ」
兎にも角にも尾行は続けられた。
他人が見たらとても尾行をしてるとは思えないであろう。
普段通りにペチャクチャ話し、時には大きな声で笑い出すしまつ。
もう完全に遊びモードに移行してしまっている。
そうこうしてる間に、マルタイは、最寄りの駅に着いた。
何やら知人と思しき数人と会話をしている。
「う〜ん、電車に乗ったらどうする」
「尾行は一人でするしかないな。それに時間も区切らないと限度がある」とプラさんが言う。
その時である、マルタイ早田真一が思わぬ行動を始めた。
メンバー全員はその行動を見て唖然となった。
早田真一は募金箱を首から下げて、大きな声を張り上げ、駅前を通る人達に呼びかける。
「サユリちゃんの心臓移植手術の為の募金をお願いしま〜す」
ボランティア仲間と思われる人達と必死に呼びかけをしている。
「皆さんのご協力をお願いしま〜す」
ひょっとこのメンバーは暫く動けなかった。
セニョがメンバーに面と向かって言った。
「誰、あんな誠実で真面目で思いやりがあって、他人の為に奉仕できるような人を、犯罪者扱いしたのは」
「セニョ、お前よく言えるな。免許証が偽造だと言い出したのが事の発端だぞ」
インタが講義するが大人げない。
「私は、犯罪者なんて言ってない。もういい、とにかく、皆んな持ってるお金全部出して」
意味は分かる。
募金をするのだ。
「ちょっと〜大人4人もいて9850円。情けないな〜、私が150円出すから丁度1万円。さぁ募金しに行こう」
早田のもとへ一目散と向かった。
「あの〜早田さんですよね」インタが、声を掛ける。
あっハイそうですがと早田は怪訝そうに応じる。
「実はこれ、昨日、私の店の前で拾ったんですけど」と免許証を差し出す。
「うわ、ありがとうございます。このボランティア活動が終わったら警察に紛失届を出しに行こうと思ってたんです」
早田は深々と頭を下げて礼を言う。
「それからこれ、少ないんですけど、私達5人から」とセニョが募金箱にお金を入れる。
「いや〜免許証まで届けて頂き、募金までして下さるなんて、本当にいい人達ですね」
「礼には及びません。実はコイツ等は、あなたを犯罪人扱いに〜」とプラさんが言おうとした所をヘンテとカンタが口を抑える。
「早田さん。私は免許証を拾って、あなたの顔を見たときから、素晴らしいお人だろうなと感じていました」と調子のいいインタ。
セニョは気になっている事を尋ねてみた。
「早田さんスミマセン、一つだけ聞かせて下さい。どうして免許証の写真、コートを着て写っているんですか。7月生まれですよね。ちょっと気になってしまって」
早田は少し困った様子で悩んでいたが、
「ヤッパリ変ですよね。恥ずかしい話ですけど、お教えします」
この一連の成り行きの発端である疑問が解明された。
数年前、早田真一は免許証の更新日の前日、以前付き合っていた彼女が泊まりに来たという。
当然一夜を共にしたわけだが、彼女がイタズラで彼の寝てる間に、首にキスマークを幾つも付けたのだという。
早田はそれに気づかす、彼はそのまま免許証の更新に行ってしまったのだ。
現場で気づいたが自宅まで戻る時間もなく、車の中にクリーニングが終わったコートがトランクの中にある事を思い出し、襟を立てて写真撮影をしたのだ。
「恥ずかしい話しです」照れながら頭を掻いた。
メンバー全員が納得した。
「スミマセン、余計な事聞いちゃって」セニョは頭を下げた。
「いい年して、情けない話です」と苦笑いする早田の顔を可愛いとセニョは思った。
「早田君、サユリちゃんの手術が実現と成功を祈ってるよ」とプラさん。
「よろしかったら、皆さんのお名前を教えて下さい」
「僕達は、ひょっとこ&ドザエモンブラザーズです」
メンバーはそれぞれ応援のエールを送り、店に帰ってきた。
「しかし、セニョの推理のお陰で、散々な目にあったな」ヘンテがペットボトルの蓋を開けながら言う。
「ちょっと私のせいばかりにしないでよ、自分達だって刑事気取りで盛り上がってたくせに」
「どっちにしろ、セニョ探偵の最初の事件は敗北だな」カンタが言うと、
「そんな事ない、サユリちゃんの手術が成功すれば、私達の大勝利」
色々あったが、なんとなく心が晴れやかになった、ひょっとこ達だった。
次回 [謎のオッサン]
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