白尻姫

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白尻姫

 セニョが大きなため息をつく。 腰を上げ、「今日はもう帰るね」と店を出ていった。  「どうしたんだ、アイツ」インタは気になった。  「この雑誌読んで、溜息ついてましたね」  イナカップがインタに雑誌を手渡す。   折り目の付いたページを開くと、インタが一言漏らす。    「アイツ、アメリカに行きたがってる」 周りのメンバーが一瞬で凍りついた。   セニョが読んでいたページには、アメリカで歌やダンスのレッスンを受ける為の、留学を紹介する特集が組まれていた。    「本場で勉強したいと言うことだな。何とかしてやりたいな」プラさんが言う。    「ここに書いてあるが、年間3、4百万程かかるみたいだな」    「とても俺達に手に負える話しじゃないな」諦め顔のカンタが言った。   自分達の非力さに正直情けなくなった、メンバーであった。 シラケた空気が漂う中、インタが急に思い立った。    「何とかなるかもしんねーぞ」   ニヤリとと笑う、その顔を見たメンバーは、悪い予感を感じた。 「昨日、久し振りに、高橋社長が飲みに来たんだ」とインタが唐突に話しだした。    「高橋社長って、あの弱小AVメーカーの高橋さんのことか」とプラさんが尋ねる。    「そうだ、その社長が言うには、昔は結構儲かったらしいが、今あの業界も過当競争で大変らしい」   最近のAVは女湯のクオリティーが高いのは当たり前、企画も似たりよったりで、出尽くした感があるらしい。    「確かにやってる事は結局、皆んな同じ事だしな、零細企業は大変だろう」カンタが言う。    「だが、一発当たれば大きく利益を産むのが、この業界の魅力でもあるらしい」    「まさかインタ、俺達に男優を演れってんじゃねぇよな」    「ヘンテ、お前の早漏は風俗業界で、最高のコストパフォーマンスと言われているのを知らないのか」プラさんからツッコミが入る。    「ヘンテ、お前の役立たずのムスコは必要ない。お前の一風変わった創作力を活かすんだ」    「俺にどうしろってんだ」    「いいかヘンテ、お前が創作する作詞と、同じ様な感覚で企画を考えてくれ」    「確かに、ヘンテの想像力は、普通の人間からかけ離れているからな」妙に納得するカンタ。    「この作品が大ヒットした暁には、成功報酬をタップリ社長に頂く事にしよう。どうだ、このアイデアは」    「ドウダもコウダもない、費用も何もかからない、ヘンテ次第だ」自分達に災難が降りかかる事のないメンバーは他人事だと思っている。    「どうする、ヘンテ」    「お前達が、俺の才能を高く評価してくれているのは分かった。セニョの留学の為でもあるし人肌脱ごう」    誰もヘンテの才能を評価してるのではなく、思考がぶっ飛んでると思ってるだけだ。 この男の神経は、銀河系内で一番図太いようだ。  翌日「蟻の門渡り」のテーブル席で、高橋社長を囲むように、メンバーが座っている。 セニョはバイトでいない時間に集まった。   ヘンテが創ったAV企画書を社長が読んでいる。 暫く続く沈黙の後、社長が話し出す。  「これ全部ヘンテさんが考案したんですか」  「一応私一人で」  「私もこの業界に長くいますが、こんな馬鹿げた企画もシュールなシナリオも初めて見ました」  「社長、それは褒め言葉と受け取っていいんですか」 気になるインタが尋ねる。  「当然です。今はこの位、突拍子もない作品じゃないと、他との差別化ができない。ヘンテさんあなたは天才かも」  「いや〜私も、創作力には些か自信はあったんですハイ」   メンバーは信じられない、本当にこの様なふざけたアイデアが褒められている。  この作品粗筋を簡単に紹介しよう。 白雪姫をモチーフにした、仮題は「白尻姫」だ。  魔法使いとの契約を破った白尻姫は喋る事が出来なくされてしまう。 毎日泣いていた白尻姫は、この国の王子様と森で出会う。 白尻姫は口では喋れないが、お尻で喋る事はできるのだ。 所謂、肛門が口になって会話をする事ができるのだ。 お尻で会話しながら悪戦苦闘し、最後は王子様と一晩を共にし、元の様に喋る事ができる様になるというものだ。    「高橋社長、それではこの作品を採用すると言うことでいいのですか」    「ハイ、結構です。この作品は、名作アダルト童話としてシリーズ化もできるかも知れません。とりあえず一本制作してみようと思います。但し報酬は、販売本数に対しての歩合と言う事で」   「わかりました。その辺は社長にお任せします。是非、いい作品を創って下さい」 どうしたらこれが、いい作品になるのかと皆が突っ込みたくなったが、辛抱した。   高橋社長が店を出ていった。  2時間後に、バイトが終わったらセニョが入ってくる。 徐ろにソファーから立ち上がり、ヘンテがセニョに語りかける。    「セニョ、お前アメリカに行ってこい。費用の事は心配するな、俺達がなんとかする」    「どうしたの急に、何で私がアメリカに行かなくちゃいけないの」   オッサン達は呆気にとられ顔になる。   イナちゃんが雑誌を開き指を指す。  「セニョさん、コレ読んでましたよね」 セニョは目を丸くして「私が読んでいたのはココ」    カニの食べ放題の広告に指を指す。  「私もう何年もカニを食べて無いと思って。ねぇカンタ、カニ奢って」  「ふざけるな、俺だって随分御無沙汰してる」  「じゃあどうしてアメリカにいけ、金は心配するな、なんて言えるのよ」   二人の中にプラさんが割って入る。  「まぁまぁ、いいじゃないかセニョはアメリカに行く気は無いみたいだし、何時ものように楽しくいこうぜ」  「ちょっと待って。また私の知らない内に、何か企んでいたでしょう」   オッサン達は死んでも口に出せない。 不味いと思ったイナちゃんが助け船を出す。    「良かったら、私が経営者時代に使ってた、上手いカニやさんに行きましょう。一応顔が効きますから安くしてもらいます」   オッサン達は助かったと思った。 マネージャーとしての腕は確かだと皆が確信した。    慌ただしい1日だったが、セニョがアメリカに行く気がない事が嬉しかった。 だが、自分達の非力さも思い知ったオッサン達だった。   セニョの成功を一番に考えて行動すべきと再確認させられた。 気になるのは、白尻姫のその後だ。 実際作品は、販売されたが殆ど売れなかったらしい。 当然と言えば当然である。 男優が女優さんのお尻と会話する映像を観て、誰が興奮すると言うのか。 その後、高橋社長の会社が倒産する。 ヘンテが引導を渡したのかもしれない。   次回 「こぼれ話」
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