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殺したくない3
「やめろよ」
気の弱い男子をパシリに使っているグループがいた。腕っぷしも強く、親の社会的地位も高く、逆らうとどうにもめんどくさい奴らだった。パシリのそいつが嫌がっているのは明らかだったが、誰もが見て見ないふり。俺もその一人だった。
が、あいつは真っ向注意した。しかもあいつが言うと、そいつらは肩をすくめて「わかったよ」と言う。ターゲットがあいつに向くということもなく、グループに入るわけでもなく、それでも仲良くなってしまうのがあいつだった。正義感が強い上に、何でか相手の毒気を抜く、交渉術とでもいうか、そういうオーラがあるのだった。
あの石のおかげで、あいつは無事高校生になり、やっぱり同じクラスになった。
うらやむな。俺は毎日念じていた。隕石のかけらか宇宙船の一端なのかわからない。とにかくあの石がずっと助けてくれる保証はないのだから。
「オレの父親、経理っていう仕事をやってるんだけどさ」
あるときあいつがそう言ってきた。
知っている。俺のおやじとも仕事上つながっている。どころか、おやじはあいつの父親の勤める大会社お抱えの税理士だった。
「〇×会社、タックスヘイブン租税回避疑惑」
あいつはデカデカと出たその記事の載った新聞を見せながら真ん前に座った。俺は顔をそむけた。
要は、税金の安い海外で利益を得たことにして節税……けど〇×社、実はマネーロンダリング。それを、俺のおやじが指南した。……かかってくる電話でのやりとりが部分的に聴こえてくるだけで、俺にも十分わかってしまった。
でも、俺は目を伏せた。耳を塞いだ。これまでと変わらない毎日を送りたい。日々の生活を覆すような騒ぎに巻き込まれたくない。何より、親を責めることなんて、どうしてできるのか。
結果的に、おやじとあいつの父親が逮捕され、〇×会社は大きな摘発を受け、おやじの税理士事務所はつぶれた。
あいつが告発したのだ。あいつの父親が自宅のパソコンに持っていたデータを証拠に持って。
正義感が強く誰にでもフラットで、将来政治家を希望している。そうだな、親でさえ目こぼししないあいつならきっと、汚職だの贈収賄だのを一掃して日本が良くなる政治を運営していくんだろう。
が、私立だったその高校に通い続けることができなくなった俺は、腑に落ちなかった。どうして俺だけが、俺の家族だけが、矢面に立たなくてはならない? むろん、あいつの家族もそうだった。でも世間の論調は、あいつを持ち上げてヒーロー扱いだった。
「なあ。オレと一緒に政治家を目指さないか?」
あいつはそう誘ってきた。
「一人でやれ」
俺は呼び出された飲み屋の席を立ち、飲み代をテーブルに叩きつけて出た。これからのことを考えると、3000円は痛い出費だったが、おごられるのは絶対に嫌だった。
「お前、何も食べてないんだろ」
あいつは追ってきて俺の手にそれを返そうと手を伸ばした。俺は避けた。地下の狭い階段で、あいつはバランスを崩し、足を滑らせた。
真っ逆さまに一番下まで落ちたあいつの首は、あらぬ方向へ曲がっていた。誰が見てももう息はなかった。
どうしてこうなってしまうんだ……。で、でも大丈夫だ、俺にはあの石がある。
まだ効力あるよな? 恐る恐る願をかけた。これが最後だから。今度こそもう二度とうらやまない。俺はあいつを殺したくなんかないんだ――。
白い光が矢のように走った。
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