殺したくない1

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殺したくない1

「人をうらやましいと思ってはいけません。思ったら恐ろしいことが起こります」  担任はことあるごとに念仏のようにそう繰り返した。何かの棒読みかってくらいの感情のない言い方。そんなことどうでもいい。早く体育の授業にならないかな、とか、給食は何だろう、とか俺はいつも気がそぞろだった。  担任がもう一度言った。隣の席のあいつのランドセルを指しながら。  イタイ。俺はそれを悟られたくなくて反抗した。 「んなの、どーせこけおどしだろ」  あいつはこないだから、その石をランドセルにつけて持ち歩いている。両手でやっと包み込めるくらい大きくて重いのに。でもその断面はつるりと滑らかで星空のようにきらめく。深い青が光加減で黒にも緑にも変わる、不思議な石だった。  あれはこないだ、たった1メートルの、ほんの1分差であいつが先に見つけたんだ。花の観察やら虫採りや、化石の発見でもいい。何かを見つけようという遠足だった。本当は俺がその辺を掘ろうと思ってたのに担任が、「君はここ、お前はそっち」なんて適当に場所を割り振ったせいで。  そうさ、本当だったらあれは俺のものだった。なのにみんなに歓声をあげられ、褒めまくられたのは、あいつ。 「お守りになるよ」  そう言ってランドセルを見せびらかしてはニコニコしていた。うらやましいを通り越してカンにさわる。  だから、ほんの出来心だった。ちょっと隠してあとで返す。それだけの、ほんのいたずら。  次の日、あいつは学校に来なかった。担任が「川に落ちて亡くなったそうです」と言った。「帰宅してすぐ出かけたらしい。夜の川になんてどうして」そう続けたときも、ほとんど棒読みのような言い方だった。  親も近所のおばさんも先生も、夜の川へは行くなと、危ないんだと、いつも口を酸っぱくして言った。優等生のあいつがそれを破った理由を、俺はたった一人知っていた。俺のランドセルの底に押し込んであるあの石。あれを探しに行ったのだ。そのせいであいつは死んだ――。  俺は、ランドセルの奥から石を取り出した。投げ捨てようとしたができなかった。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになる。  明日。明後日でも。しあさってでも。あいつが何事もなく今まで通り学校に来てくれたら。そうなるなら何でもする――俺は石を抱きしめて願った。  石が、白く光ったように見えた。
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