その街は幻

1/10
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
方向音痴の私は、知らない街に迷い込んだ。 行くはずだったのは小さなお店。 知り合いがやっているということで、一人で行ってみるつもりだった。 初めて来た街で間違って道をそれたら、あっという間に知らない地名の看板。書いてある住所と違う場所。 でもいくら携帯で地図を見ても、方向音痴の私はいつもたどり着けなくなるから… (どうしよう…ヤッコに付いてきてもらえばよかった…) ヤッコというのは妹。一人で知らないところに出かけると、私はいつもこう。 こんなときに妹でもいれば、と思ったけれど、もういまさらどうしようもない。急ぎじゃないのだけが救い。 昼間で、なぜか不自然に人通りが多いこの場所。 (…なんか、店と人がいっぱい…) こんなところじゃないはず。 もっと静かな場所のお店だと聞いているから。 (早く…ここを出なきゃ…) 居酒屋さんにお寿司屋さん、天もの、ラーメン、本屋さん…… 店もたくさん並んで、人もいっぱい行き交っていて、道も細い路地はたくさん見えて、どこに行けば目的地に着くのかも分からない。 (人に…道を聞いてみよう…) 私は覚悟を決めて、近くの人に声を掛ける。 「あ、あの……」 雑踏で私の声は聞こえないらしく、何度か試したけれど誰も気づいてはくれない。 小さい声と引っ込み思案なのを直しておくんだったと後悔した。 そのとき、 「落としましたよ?」 肩を叩かれて驚いて振り向くと、私より結構年上であろう男の人が、私のポーチを持って立っていた。 「あ……わ、私の、です…ありがとう、ございます…!」 男の人がにっこり笑って差し出したポーチを、私は頭を下げてから少し震える手で受け取り、バッグにしまった。 「ここは人がすごいですね。」 男の人は穏やかな笑顔でそう言った。 「そう、ですね…。あ、あの…私、道に迷って…ここ、行きたいんです…知りませんか…?」 迷惑じゃないかと心配しながらも、私は道の邪魔にならないところで、その人に携帯で開いた地図を見てもらった。 「え〜と……」 私の持った携帯を確認してくれるその人をちらっ、と見ると、整った顔に上品な感じで、おしゃれに服を着こなした人だった。 (役者さんかなあ…よく通る声だし。歳は四十歳くらいかな…?かっこいい人…) 男の人は地図を見たあと苦笑して首を横に振った。 「残念ですが分からないですね…。誰かに聞いてみましょう。」 私が街の名前と知り合いの店の名前を教えると、その人は穏やかに笑って、近くの店に入っていった。 私が携帯をしまってその人を待っていると、突然、クラクラとめまいがした。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!