1人が本棚に入れています
本棚に追加
方向音痴の私は、知らない街に迷い込んだ。
行くはずだったのは小さなお店。
知り合いがやっているということで、一人で行ってみるつもりだった。
初めて来た街で間違って道をそれたら、あっという間に知らない地名の看板。書いてある住所と違う場所。
でもいくら携帯で地図を見ても、方向音痴の私はいつもたどり着けなくなるから…
(どうしよう…ヤッコに付いてきてもらえばよかった…)
ヤッコというのは妹。一人で知らないところに出かけると、私はいつもこう。
こんなときに妹でもいれば、と思ったけれど、もういまさらどうしようもない。急ぎじゃないのだけが救い。
昼間で、なぜか不自然に人通りが多いこの場所。
(…なんか、店と人がいっぱい…)
こんなところじゃないはず。
もっと静かな場所のお店だと聞いているから。
(早く…ここを出なきゃ…)
居酒屋さんにお寿司屋さん、天もの、ラーメン、本屋さん……
店もたくさん並んで、人もいっぱい行き交っていて、道も細い路地はたくさん見えて、どこに行けば目的地に着くのかも分からない。
(人に…道を聞いてみよう…)
私は覚悟を決めて、近くの人に声を掛ける。
「あ、あの……」
雑踏で私の声は聞こえないらしく、何度か試したけれど誰も気づいてはくれない。
小さい声と引っ込み思案なのを直しておくんだったと後悔した。
そのとき、
「落としましたよ?」
肩を叩かれて驚いて振り向くと、私より結構年上であろう男の人が、私のポーチを持って立っていた。
「あ……わ、私の、です…ありがとう、ございます…!」
男の人がにっこり笑って差し出したポーチを、私は頭を下げてから少し震える手で受け取り、バッグにしまった。
「ここは人がすごいですね。」
男の人は穏やかな笑顔でそう言った。
「そう、ですね…。あ、あの…私、道に迷って…ここ、行きたいんです…知りませんか…?」
迷惑じゃないかと心配しながらも、私は道の邪魔にならないところで、その人に携帯で開いた地図を見てもらった。
「え〜と……」
私の持った携帯を確認してくれるその人をちらっ、と見ると、整った顔に上品な感じで、おしゃれに服を着こなした人だった。
(役者さんかなあ…よく通る声だし。歳は四十歳くらいかな…?かっこいい人…)
男の人は地図を見たあと苦笑して首を横に振った。
「残念ですが分からないですね…。誰かに聞いてみましょう。」
私が街の名前と知り合いの店の名前を教えると、その人は穏やかに笑って、近くの店に入っていった。
私が携帯をしまってその人を待っていると、突然、クラクラとめまいがした。
最初のコメントを投稿しよう!