その街は幻

「あ…れ……？」

チカチカと痛む目からなんとか周りを見ると、さっきの店からなぜか少し離れた場所にいる。
もちろん私は歩いてなんていない。

（え……なんで…？）

さっきの男の人が店から出てくるのが見えた。でも、近くに行くことはできない。
なぜか自分の体は行きたい方とは反対に、見る間に遠くに離れていってしまう。

「っ、助けて……！」

あの人が私に気づいてくれた。
でももう遅い、男の人はあっという間にたくさんの人混みに紛れて見えなくなってしまった。

「どうしよう…！！」

自分に何があったのか分からない怖さを感じながらも、急いでそっちに行こうとした。

近付けない。
今度は壁があるみたいに、何かに邪魔されて。
焦ってはいたけれど、私は仕方なく回り道をすることにした。

「すみませんお兄さん！待ってて下さい…！！」

私は男の人に向かって、自分の出せる限りの声でそう言う。
結構大きな声だったのに、周りの人たちは聞こえないのか気にしないのか、私の方を見向きもしなかった。

（あの人、聞こえたかな…？）

そう思いながらも、私は向こうに行けそうな道を探すことにした。

入り組んでいる、まるで迷路みたいな道を、たくさんの人が行き交う。

（怖い…なんか、誰も立ち止まらずに歩いてるし…。それになんだか…変…。何が変なんだろう…？）

私は足を止めた。
聞こえる音は、早る私の胸の音、呼吸、それから周りのたくさんの人の足音……

（うそ…！他に、何も音がしない！こんなに人がいるのに…人の声も、他の音も全然…！！）

普通の人間ばかりなら何も音がしないはずは無い。おまけによく見るとみんな無表情だった。

周りの人間そっくりの人たちが、人間じゃないのが怖かった。私は泣きそうになりながら、必死にたくさんの人を避けながら歩いた。
でも、もと来た道にも戻れず、あの男の人にも会えそうになく、どうしたらいいかわからない。

「あ、携帯…！」

家に電話をしようと思った。
助けを呼んでもらうか、せめて気を紛らわせてくれるなら、家にいる誰でも良かった。

でも親は二人とも今日仕事だから、今なら私と同じく休みである妹が家にいるはず。
きっと一生懸命に話せば信じてくれる。

携帯を開き、家に掛けるとコールが鳴りはじめた。
でもずっと鳴り止まない。おまけになぜか、一瞬途切れたあとにまたコールが鳴り始めた。

（どうしよう、変になったし、ヤッコが出てくれない…）

諦めかけたそのとき、

『…もしもし…？』

繋がった。
でも、妹の声じゃない。

「え！？…あの……」

『如月ですが？』

知らない男の人の声…

「き…さらぎ…さん……？」

『…あ、さっきの子かな！？』

少し間をおいて聞こえる、よく通る電話口の声。
家に掛けたはずの電話は家に掛からず、私はまさかと思った。