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多津乃湖畔のカフェMINAMI
◆
「ありがとうございました! またお待ちしています!」
カランコロンと軽やかなカウベルの音を響かせて、ランチ最後の女性客2人組が軽く会釈しながら帰って行った。
連休明けにしてはなかなかの客入り数に、カフェMINAMIの経営者、倉橋美波は、ほっと胸を撫で下ろす。9月も後半に差し掛かり、連休中はそれなりに忙しかったがその反動で休み明けがぱったり暇になったらどうしようと思っていたのだが、それは杞憂で済んだようだ。
シンクに溜まっている食器に手を伸ばしつつ壁に掛けてある時計を見ると、午後2時半を少しまわっていた。
「暁さん、ごめん。お昼遅くなっちゃったけど、焼き飯でいい?」
先程まで女性客が座っていた窓際のテーブルを手早く片付けていた倉橋暁は、美波の提案に嬉しそうに振り向き、にっこりと白い歯を見せた。
「おっ、美波特製の焼き飯か! ついてるね、今日は」
「そんな大層なものじゃないし。余り物の焼き飯だよ」
「ははっ、でも美波の焼き飯は旨いからなぁ。弥生が作ってたのと同じ味だ」
「それはまぁ、母さん仕込みなんで」
「よし、じゃあスープは俺が作ってやろう」
男性2人が入るには、そんなに広くないキッチンに並んで立つ。
正面にある大きな窓からは道路の向こうに広がる雄大な湖が望み、穏やかな湖面が昼下がりの太陽の光にちらちらと輝いて見えた。
美波の母である弥生は今から10年前、美波が17歳の時に、病気でこの世を去った。
母は美波を残してゆくのが酷く心残りだったらしく、母の兄である暁にしつこいくらいに美波のことを託していった。美波は父親の顔を知らない。いわゆる母子家庭だったから、より一層不安だったのだろう。
美波にとって暁は、伯父であり父親でもあるような、頼りがいのある存在だった。実際、暁がいなければ、今の自分はなかったのではないかとさえ思う。
カフェMINAMIは、弥生が経営していた店だった。それを暁の計らいで、今の名義は美波になっている。
ここから車で程近い場所にあるレストランバーを経営している暁は、弥生が亡くなったあと、高校生だった美波を大学まで通わせてくれた。店を手放さずに済んだのも、大学を卒業するまで暁が管理をしてくれたお陰だ。
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