江の島ローランサン~君を乗せる舟になる~

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「三度目の締め切りすぎても原稿が上がらない時より苦しそうだよ」  圭多が小声で奏多の耳元にそっと囁いた。小柄な叔父と甥の身長は同じ、どこでも内緒話はしやすい。 「……平気」  奏多は就職どころかバイトも一度もせず、作家業一本に絞り、今までの人生の大半を引きこもって生きてきた。満員電車は学生時代以来であり、苦しいなんてものではない。第一、本来ならば電車が混む時間帯に乗車する必要もない。奏多が暮らしている藤沢市片瀬は、古くから信仰を集めてきた江の島神社がある江の島のお膝元で、シーズンになると観光客で混雑するが基本的には長閑なところだ。  しかし、昨夜、奏多は由々しき事態を圭多から聞いた。 『奏多ちゃん、実は電車で触ってくる奴がいてさ』 『痴漢?』 『痴漢なのかな?』 『全部、詳しく教えてくれ』  圭多は子供の頃から西洋人形に喩えられる容姿だったから、数多の危険に晒されてきた。高校の制服を着ていても、頻繁に女子生徒に間違えられている。 『……うん、だからさ、翔平がいる時は触られないんだ。痴漢じゃないよな?』
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