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……う、痴漢か。
痴漢じゃないよな。
痴漢なのかな。
背後にぴったりと背の高い男が張りついている。
左横にも右横にも斜め左右にも男がいる。
痴漢じゃないよな、と高原奏多は臀部に感じる手の動きを無視した。
満員電車内、奏多も不自然な動きをしたら痴漢に間違えられるだろう。電車が右に揺れた拍子に長い髪の女性の身体に触れ、奏多は慌てて謝ったが、なんの問題にもならなかった。もしかしたら、女性だと思われたのかもしれない。
東京のラッシュに比べたら可愛いものだというが、奏多にとっては想像を絶する苦行だ。
毎日、満員電車で通勤している人たちを心から尊敬する。小柄な身では息苦しくてたまらない。
「奏多ちゃん、大丈夫?」
甥の高原圭多に心配そうに尋ねられ、奏多は死に物狂いで手すりに捕まった。
「……大丈夫」
奏多は徹底的に運動を避けてきたから、どこもほっそりしているし、基礎体力というものがまったくない。満員電車内で少し揺られただけで、早くもエネルギー切れ寸前だ。亡き母親から受け継いだ女顔には大粒の脂汗が吹きでていた。
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