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「最初来たときは焦ったよな。小百合なんて結構取り乱していたよな。」
ここには一年前に、俺と別府、そして小百合の三人で来たことがある。俺たちが大学一年生の頃だ。
俺らは中学からの仲で、高校を卒業するまでの六年間、一度もクラスが離れたことがないほどの腐れ縁だった。結局大学も同じ所へ行き、新しい友人と遊びつつも、三人で集まることはかかさなかった。この場所へ来たのも、大学一年の夏休みにキャンプへ行こうという話が出たことがきっかけだった。
小百合は昔から明るく、キャンプの話も小百合が一番楽しみにしていた。そんなワクワクした気持ちを抑えられないでいる小百合の姿を見て、俺と別府は和んだのを覚えている。
「取り乱して当然だよ。俺だって最初ここを見たときは結構焦ったぞ。」
俺が苦笑して言う。
「でも結果ここでよかっただろ?周りは誰もいない、俺たちだけの場所だったじゃないか。」
別府が腰に手を当てて自慢げに言う。
はじめはこの山の先にあるキャンプ場へ行く予定だった。当時免許を持っていたのは別府だけだったので、別府が運転する車に俺と小百合は乗せてもらった。しかしカーナビがついていない車だったということもあって、途中で道を間違え、どこへ進めばいいのかわかなくなってしまったのだ。とりあえず戻ろうと来た道を引き返していると、そこでも道に迷い、この崖にたどりついたのだ。
「ここに小屋があったんだよな。」
別府が崖の方へ近づいていき、崖から五、六メートル離れた位置を指差して言う。その場所には、今は小屋の一部だったものと思われる木材がいくつか積まれている。
「ああ。結構しっかりした小屋だったよな。キッチンまでついていたし。」
予想外の場所へたどりつき、絶望していた俺たちだったが、小百合が崖近くにある小屋を見つけ、中へ入っていったのだ。少し汚かったが、前まで誰か使っていたのではないかと思うくらいには整頓されていた。そして何よりキッチンがついていたのだ。フライパンなどの調理器具があり、電気ガス水道も使えたから尚驚いた。先ほどまで落胆していた小百合が、「二人とも来て!キッチンがあるわ!」と目を輝かせて俺たちを呼んだのがおかしかった。
「結局あのときは何を作ったんだっけ?」
「バーベキュー用に持ってきた肉をフライパンでひたすら焼いたんじゃなかったか?小百合が豚肉ばかりを買って来たのを覚えてるぞ。」
俺は噴き出した。小百合は普段几帳面なくせに変なところで雑な奴だった。
「テンションがあがったのか、結局全部小百合が料理したよな。」
別府が左手首につけた腕時計を右手で触る。あれは小百合が別府の誕生日プレゼントにあげた物だったなと、俺は思わず目を背ける。
「あの時は楽しかったよな。夜は花火までしてさ。」
もともとキャンプ場近くの川でやるつもりで持ってきた花火を小百合は取り出し、崖の上から花火をした。水道が使えたので、俺はバケツに水を汲み、使い終わった花火はそこに捨てた。花火に照らされる小百合の笑顔はとても印象的だった。きれいだなと、そう思った。見惚れていると、俺と同じように別府も小百合を見ていた。きっと無意識に視線がそっちへいったんだとわかるくらい、露骨な表情だった。そしてそんな別府を見て、俺もあんな顔をしていたのだろうかと恥ずかしくなった。
「蓮はずっと線香花火をしてたな。」
別府が俺を越して崖の方へ進む。
「それはお前と小百合が他の花火を占領してたからだろ。」
「はは、そうだったな。」
俺は崖にいる別府のところへ近づいた。
「こういう懐かしい話、小百合も混ぜてしたかったな。三人でここにきて。なんだったらまたここでキャンプをしてもよかったよな。」
「…ああ。そうだな。」
どう返していいかわからず、その場しのぎの返事をしてしまった。
小百合はもう、どこにもいない。
去年の冬に、自殺したのだ。
「また花火、したかったな。」
俺が小さな声でそう返す。別府は相変わらず俺に背を向けている。一体どんな表情をしているのだろうか。
虫の声が響く。風が吹き、俺たちの身体をなぞった。
「そろそろ行くか?」
俺が尋ねる。
今日は小百合の墓参りへ行く途中だったのだが、別府がその前にここへ寄ろうという話を出してきたのだ。俺と別府と小百合の、三人だけの思い出の場所へ。
「ああ、そうだな。」
少しの間があって、別府の返事が返ってきた。
「じゃあ花屋案内するよ。種類が豊富なところ知ってるからさ。」
そう言って、俺は車の方へ歩きはじめた。
「わかった。じゃあその前に、一つ確認させてくれ。」
俺は歩みを止め、別府の方へ振り向く。別府も俺の方へ体を向けていた。
少しの間があってから、別府が口を開いた。
「どうして小百合を殺したんだ?」
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