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急にセミが鳴き始める。もう少し早く鳴いてくれたら、今の別府の言葉をかきけせたかもしれないのにと、情けないことを思った。
次に強い風が吹く。全く涼しくならない。むしろ暑さが増す一方だ。
崖の近くに立つ別府の姿は、蜃気楼で揺らいでいた。表情がはっきりと読み取れない。
「答えてくれ。」
声のトーンは至って普通だった。怒っているのだろうか。それとも冷静でいるのだろうか。いや、もしかしたら泣きそうになっているのかもしれない。揺らめく別府の姿を、俺はただ静かに見つめた。
「蓮、答えてくれ。」
セミの声がうるさいはずなのに、別府の声はよく耳に届いた。
いつか聞かれるだろうとは思っていた。覚悟もしていた。しかしいざそのときがくると、やはり辛いものがある。あの日の小百合の姿を、最後に見せた表情を、思い出さなければならなかったからだ。
「…どうして、俺が殺したと思った?」
我ながらもったいぶった言い方だと思った。さっさと正直に話せばいいものを。
「小百合が死んだ日は、蓮、お前の誕生日だったよな。」
そう、小百合を殺したのは俺の誕生日。十一月二十二日。深夜二時を過ぎたときだった。
「誕生日の何日か前に、小百合が自分の家にプレゼントを渡しに来てくれるって、お前はそう俺に教えてくれたよな。」
小百合は俺と別府の誕生日には必ずプレゼントをくれた。その日に会う予定がなかったら、わざわざどこかで待ち合わせたり家に来てまで渡しに来てくれた。
「でもお前は、結局小百合は家に来なかったと言っていたな。誕生日に小百合には会わなかったって。」
別府は俺の返事を待たずに淡々と質問と確認をし続ける。もしかしたら沈黙は肯定と受け取ったのかもしれない。
「お前は知らなかったかもしれないが、俺、お前の誕生日に小百合と連絡を取っていたんだ。」
知っていた。
「今日は蓮と会うのかって聞いたら、プレゼントを渡しに家に行くって。」
知っていた。小百合が俺の誕生日を祝うときは、別府が毎回嫉妬していることも。気が気でなくて毎年、その日は小百合にしつこく確認のメールをいれていたことも。全部知っていた。
でも俺は責めない。責めることができない。だって俺も、別府の誕生日には同じことをしていたのだから。
「でも本当は会っていたんだろ?小百合はお前の家に行ったんじゃないか?」
「いや、小百合は俺の家へは来なかったよ。」
はじめて別府の発言に間違いがあったので口を開く。思った以上に喉が渇いていた。唾を飲み込み、できるかぎり潤す。
「俺が小百合の家へ行ったんだ。俺も小百合に用があるからって。」
今度は別府が黙る番だった。セミの声は小さくなっていた。俺の声が聞こえていないわけではないだろう。俺は揺らめく別府に向かって話し続ける。
「あの日バイトが十一時まであったから、零時に小百合の家に行くって伝えたんだ。楽しみにして行ったら、小百合は外で待っていてくれたよ。健気だよな。」
別府は何も言わない。
動かない。
俺の額から汗が流れる。それを手で拭い、息を吐き、あの日のことを思い返した。
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