蜃気楼

4/7
前へ
/7ページ
次へ
「誕生日おめでとう。開けてみて!自信作ではあるんだけど。」 照れている小百合に言われるがままに袋を開けると、マフラーが入っていた。青と白の毛糸で丁寧に縫われたマフラー。 「プレゼントにしてはありきたりだと思ったんだけど、日常的に使えるものがいいなって考えてたら、やっぱりこういうのになっちゃった。」 小百合は舌をペロッと出しておどけた。 「ありがとう。さっそく使うよ。」 俺はそのマフラーをその場で首に巻いた。小百合の香りが漂うマフラー。小百合の温もりが伝わってきた。 「そういえば蓮も用事があるって言ってたよね。すぐ済む用事じゃなければ、中に入る?寒いでしょ。」 「ああ、そうさせてもらえるよ。」 家の中に入ると、小百合はコーヒーを出してくれた。最近駅近にできた新しい店の店員に勧められて買ったコーヒー豆らしい。勧められるとすぐ買ってしまうのも、小百合らしいなと思った。 「蓮が私の家にくるなんて久しぶりじゃない?」 小百合は台所で俺に出すお菓子の用意をしながら話す。 「そうだな、高校を卒業して以来、来てなかった気がする。」 「じゃあ大体一年ぶりね」と、小百合は笑った。 「『蓮が』ってことは、別府は来てるのか?」 「時々、かな。」 冷蔵庫を閉める音が聞こえた。 「蓮はチョコとチーズだったらチョコの方がいいわよね?」 相変わらず人の好みをよく覚えているなと感心した。小百合は昔から気遣い屋で、しかしそれを自然にしてみせた。社交性が高く、明るい彼女の周りにはいつも人が集まっていた。それは腐れ縁としてうれしくもあり、同時に寂しくもあった。しかしイベント事などには決まって三人で集まるし、最終的に頼りにしてくるのは俺と別府であることに、優越感を抱いていた。ずっと三人で仲良くやっていきたい。少し前まではそう思っていた。 「ああ、チョコで頼む。」 はーい、という返事が台所から聞こえた。 「拓斗は逆にチーズ派だったわよね。ほんと二人とも好みは正反対。」 小百合がお皿を取り出しながらクスクスと笑う。小百合は俺と別府のことを下の名前で呼ぶ。俺だけが、別府を下の名前で呼んでいない。 「別府が来たときもそうやっていろいろもてなしてるのか?」 「当り前じゃない。あ、でも安心して。蓮と拓斗には平等にスイーツを提供してるから。」 普段はあれだけ空気が読めるのに、自分のことになると鈍感なんだなと、明るく微笑む彼女を見て思った。 「なんだか今日は拓斗の話を多く出すわね。何かあったの?」 やはり家に来て正解だった。直接言わないと、この鈍感屋はわからないだろう。 俺は椅子から立ち上がり、小百合のいる台所へと向かう。 「あ、座ってていいよ。あともう運ぶだけあんだから。」 小百合はケーキが二つ乗ったお盆を持とうとしているところだった。その左手をそっと握る。 「蓮?」 小百合がキョトンとした目を向けてきた。予想通り、状況が理解できていないらしい。 「小百合、俺お前のことが好きなんだ。」 小百合が息を吸う音が聞こえた。しかしそれは言葉となって出てこないようだった。 「高校の時からずっと、だよ。」 小百合の視線が泳ぐ。 「小百合の気持ちを聞かせてほしい。」 いつからだろう。三人でずっと仲良く、という考えが揺らぎ始めたのは。きっと小百合のことが好きだと自覚した高校一年生の時には、もうそう思っていたのだろう。別府よりも俺を見てほしいと、別府よりも俺の方を頼りにしてほしいという独占欲が強くなっていった。それから何もかもを別府と比較するようになった。小百合が別府に何をして、何をあげているのか、気になって仕方がなかった。小百合は本当に俺と別府を平等に扱うもんだから、それが余計気に入らなくなった。自分を特別扱いしてほしくなった。だから小百合と特別な関係になるために、自分の誕生日である今日に、小百合に告白すると決めていた。 「ちょっと、待って。そんな、急に言われても。」 小百合が俺の手を解こうとする。俺はさせまいとさらに強く握り返した。 「俺は別府よりも頼りないか?」 「ちょっと蓮」 「俺は別府よりもお前を幸せにできるぞ」 「蓮。」 「俺じゃあダメか?」 「蓮ってば!」 小百合の右手が、俺の右腕をつかむ。うつむく小百合の耳はほんのり赤い。照れているのだろうか。それとも焦っているのだろうか。おそらく後者だろう。 「蓮、聞いて。」 小百合が大きく深呼吸をして、顔をあげて俺を見る。 「私、拓斗が好きなんだ。」 小百合の目は涙目だった。俺が傷つくとわかっていたからだろう。小百合はそういう子だ。 「蓮の気持ちは嬉しい。すごく嬉しいよ。でも、ごめん。蓮の気持ちには、答えられない。」 最後まで目を逸らさずに伝えた小百合は、もう泣いてしまいそうな顔をしていた。そのこぼれそうな涙をぬぐってやりたかったが、どうやらそれは俺にはできないらしい。 「ごめん…。ほんとに、ごめん。」 それから小百合は、俺の腕を握ったままうつむいてしまった。 なんとなく、わかっていた。小百合が拓斗を好きなことは。何が決定的だったとか確かな根拠とかがあるわけではない。強いて言うなら、笑顔だ。誰にでも明るく微笑んでくれる彼女を長く見てきたからこそ、気づけたと思う。拓斗と二人でいるところを度々見てきたが、その時の小百合の笑顔は、他の人に向けられるものと違っていた。ほかの人というのはもちろん、俺も含めて。 「別府には、そのこと伝えたのか?」 俺は自然な感じで尋ねた。無理をしたわけではない。半ばあきらめの気持ちがあったからだ。 「まだ。来月が拓斗の誕生日だから、そのときに、伝えようと思って…」 小百合が小さな声で答える。俺と同じことをしようとしていたということか。思わず苦笑してしまった。確信していることだが、別府は小百合のことが好きだ。男は女よりもわかりやすい。すぐに勘づいた。もし小百合が告白すれば、別府は喜んで受け入れるだろう。そうなると今まで通りの三人ではいられなくなる。それも、俺にとって悪い形で。そう思い始めると、先ほどまであったあきらめの気持ちが、だんだん黒いものへと変わっていくのを感じた。 「応援して、だなんて言わない。でもこれだけは約束する。拓斗への告白がどういう結果になったとしても、私は二人を大切にするよ。三人の関係を、崩すつもりはないよ。」 小百合が顔をあげて涙を流しながら訴える。きっとその言葉に嘘はないのだろう。だけど、だけど同時に小百合が拓斗をどれだけ思っているのかもわかってしまった。小百合は拓斗への告白が失敗しても、それでも一緒にいたいと思っているのだ。だから三人の関係を崩したくないのだと。自分がどれだけ付属品であるのかを感じ取ってしまった。 俺は小百合の左手から自分の手を放す。 「蓮の気持ちは嬉しい。これは、本当。だから、ありがたく受けとるよ。」 小百合は涙をぬぐいながら言う。 「好きになってくれてありがとう。でも、その気持ちには応えられない。」 ストレートに伝えることが一番俺を傷つけない方法だということを、小百合はわかっている。そんな彼女だからこそ、好きになったのだ。人のために一生懸命な彼女を。 「年末はまた三人で年を越そうよ。ごちそうしちゃうよ!」 必死に明るく微笑む彼女を見て、罪悪感がいっぱいだった。傷ついたのは、俺以上に彼女だから。 俺は小百合の首にマフラーを巻いた。小百合は何をしているのかわからない様子だった。そして一気に力を込めた。俺はその間、小百合の顔を見ないよう下を向いた。いつも明るい笑顔の彼女が苦しむ顔を見たくなかったからだ。矛盾していると思う。だけど、彼女が他の人の手に、それも一番近くにいた別府に渡ることが許せなくなってしまった。俺の黒く塗りつぶされた感情は、マフラーで絞めつける力へと変わっていった。 しばらくして目を開けると、力の抜けた小百合の両腕が目に入った。それを確認して、小百合の顔を見る。死んだ彼女は眠っているかのようだった。そして俺はというと、衝動で殺してしまった事実を冷静に受け止めていた。これでよかったのだと、自分に言い聞かせていた。後悔をしないように、何度も何度も。気が付くと俺は大量の汗を流していた。鼓動も早い。何度か深呼吸をして、今後のことを考える。二十分は使っただろうか。ある程度考えをまとめて、俺はそれを行動へ移した。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加