0人が本棚に入れています
本棚に追加
俺の話を、別府は最後まで黙って聞いていた。蜃気楼はまだあったが、だいぶ別府の顔が見られるようになってきた。別府は努めて無表情だった。
「だから小百合は自宅で死んでいたのか。」
俺の話を聞いた後の別府の声色は、最初と変わらず平坦だった。
「じゃあ自室に移したのも」
「ああ、俺が移動させた。」
小百合を絞殺したあと、俺は小百合が自殺したように見せかけるために、小百合の部屋へ運んだ。そして押し入れに去年三人でキャンプへ行ったときに使った縄が収納されていたので、それを天井の柱にかけ、小百合を首吊りに見せかけた。それらを行っている際も、できるだけ小百合の顔は見ないようにした。我ながら非道だと思う。殺した挙句、隠蔽するなんて。
運がいいことに、警察は自殺と判断した。俺や別府も、小百合と仲が良い友人ということで取り調べを受けた。俺は小百合を殺した後、アリバイを作るために酒が弱い後輩を家に呼び出した。案の定べろべろに酔い、記憶が曖昧になった後輩は、警察からの取り調べの時に、昨日の夜はずっと俺と飲んでいたと言ってくれたらしい。
「最低だな。」
別府は、そこで初めて感情を露わにした。吐き捨てるように言い放った。
「ほんと、最低だよな。」
開き直ったわけではない。本当にそう思ったのだ。
「小百合が俺を好きではなかったら、どうしていたんだ?」
別府が俺に近づく。
「殺さなかったか?」
「いや、殺していたよ。」
即答した。小百合が俺のものにならないとわかった時から、そのつもりだった。別府であろうと誰であろうと、あの場の俺は小百合を殺していただろう。
俺の答えを聞いて、別府は黙り込む。
「…これからどうするんだ?」
別府は小さく尋ねる。自首をするのかどうか聞いているのだろう。
「お前は、どうしてほしいんだ?」
ずるい聞き方をした。きっと俺は覚悟しているようでできていなかったのだ。現に俺は自首するかどうかの話を出されて、動揺している。背中に冷たい汗が流れる。
「俺はお前に罪を償わせる。なんとしても。」
つまり別府は何が何でも俺を警察のところへ連れていくということだ。
鼓動が早くなる。またセミの声が大きくなる。近づいてきた別府を見ると、また蜃気楼でゆらゆらと揺れ始めた。さっきよりも揺れが大きい。蜃気楼が強くなってきたのだ。しかしなんだろう。今の揺れ具合は異常だ。視界全体をぐにゃぐにゃに曲げられたような、気持ちが悪くなる揺らぎだ。
「もう一度聞くぞ。お前はこれからどうするんだ?」
もう別府の原型がわからなくなるまで視界が歪んでしまった。気持ち悪くなり、後ろに倒れそうになったそのとき、俺の腕を何かが引っ張った。自分の腕を見ると、背後から人の手のようなものが、何本も伸びていた。俺はこれらの手にがっしりと掴まれていた。
「答えてくれ。蓮。小百合のためにも。」
別府の声が強くなる。
背後から掴んでいた手は一瞬消え、次は俺の前から手が伸びてきた。目の前にいる別府の姿が多くの手で埋もれる。そして俺は操られるようにその手が引っ張られる方へと進んでいった。別府のいる崖の方へ、ゆっくりと。傍から見たらゾンビが歩いている様だっただろう。そして何かが手に当たる。
「どうしたんだ?蓮。」
俺の手が別府の肩に当たった。すると、俺の両手はその肩を強くつかんだ。そしてそのつかむ力が強くなり、ものすごい勢いで前に引っ張られる。別府を崖の方へと追いやっていった。
「お、おい。お前まさか、やめろ!」
別府の姿は、俺の腕を引っ張る手と蜃気楼で、もはやどこにあるのかわからない。しかし俺の両手には、確かに別府の肩をつかんでいる感触があった。
「待て!蓮!お前、おい!」
別府の声が、セミの鳴き声の中で響く。
最初のコメントを投稿しよう!