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絵魔師のアトリエ/エピローグ
目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。
それを栞凪は叩くように止め、もう一度布団に潜ることなくあくびをしながら上半身を持ち上げた。
カーテンを開ければ綺麗な青空で、今日も洗濯日和だと腰に両手を当てて頷く。
時間の使い方は随分上手くなったもので、洗濯機を回している間に朝食を作る。そして食べ終わった頃には洗濯機が終了の音を鳴らし、食器を水に浸けてから洗濯物を干した。
住めば都というように、慣れてしまえばなんとやらというものだと、フンと鼻を鳴らす自分を数ヶ月前の自分に見せてやりたい。
あれから、栞凪はこの家にひとりで住んでいる。
裕造は入ってきたドアから出て行ったきり、家に帰ってくることはなかった。
どこに行ったのか、栞凪は知らない。それでも不思議と心配はしていなかった。
現世の人がこの狭間に導かれるように、この狭間の住人も、もしかしたら導かれることがあるのかもしれない。
裕造はきっと、客としてこの店に足を踏み入れることが出来た時点で、狭間の住人ではなくなったのだろう。
寂しくないと言えば嘘になる。
上手くなった料理を食べて欲しい。ひとりで頑張っている姿を褒めて欲しい。
だがそう考えていれば、お母さんやお父さんにも絵魔師として働いている姿を見て欲しかった、なんてどうしようもない我が儘までいってしまう。
とにかく今は、今ある道をひたすら走っていくに限るのだ。
それにほら――――
「ごめんください~」
ベルの音と共に響く声。
今日も朝から客が店にやって来た。
「はーい! 少々お待ちくださいね~!」
栞凪は急いで浸けておいた食器を洗い流す。
忙しい毎日に、悲しみに暮れる余裕なんてない。
今日も今日とて立派な絵魔師になれるよう、受け継いだ虹色の瞳の名を汚さぬように努力をしていく。
そして訪れてくれた客と共に、美しい心の色を一緒に見るのだ。
そのことに最大の感謝と、どうか願わくば。
「ようこそ! 絵魔師のアトリエへ!」
貴方に幸せが訪れますように。
END
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