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「あ、お父さん? 久しぶり。元気にしてた? うん。私は元気。うんうん」
家に帰った私は、早速実家に電話を掛ける。
あの家はまだ古い黒電話も残しているのだろうか。まぁそれはそれで愛おしいと今なら思う。
「ねぇ、あのさ、えっと」
恥ずかしさと、不安。今更なにを言うのかと私自身が責めてくる。
けれど小さな丸いテーブルに置いたあの絵を見つめて言った。
「来週、そっち帰ってもいいかな」
しばらくの沈黙が広がる。けれど向こうから優しい声で、待ってると返してくれた。
ホッと胸をなで下ろせば、あの頃のように父親に甘えるように話し出す私がいた。
「そしたらさ、また一緒に夜空が見たい私。うん。そう。えっ、ビル!? なら車で山の上の方に行こうよ」
田舎も田舎のままではないらしい。
私はクスクス笑いながら手でキャンバスの縁をなぞった。
「んー? なんかね、すごく素敵な絵を見つけて、あの頃一緒に見た夜空を思い出したんだよね。個展? 違う違う。えーっとね」
そこでふと思う。私はこの絵をどうしたのだったかと。
満ち足りた胸と夢見心地。素敵な時間を過ごしたはずなのに、どこでこの絵を買ったのか思い出せない。
「ちょっと忘れちゃったんだけど、本当に素敵なんだから! スマホで写真撮っていくね。直接? それは無理でしょ流石に!」
父の言葉に大きく笑って、そっと持ち上げる。
真っ正面からその絵を見ると、まるで天の川が流れるように揺れた気がした。
~ * ~
「あ~緊張したぁ」
栞凪はドアが閉ると同時に、ベルの音を聞きながらテーブルの上に突っ伏した。
「でもおじいちゃんが心配することなくちゃんと出来たでしょ?」
「ふん。まだわしからすれば不安定じゃい」
杖の上に両手のひらを置きながらおじいちゃんこと、彩璃 裕造(いろどり ゆうぞう)はフンと鼻を鳴らし、唇をへの字に曲げた。
「最初の煙みたいな濃藍色はなんじゃ。あの客の心はもっと強かろう」
「うっ・・・・・・それは緊張してたからで」
「言い訳するんでない」
ぴしゃりと言われ、「ううう」と栞凪は呻く。そしてごろりと身体を横にして、胸元についている雫の形をした小さなブローチを見た。
綺麗に輝いているものの、母親がつけていた時よりはまだ鈍い色だ。
「〝虹色の瞳〟までまだまだかぁ」
「まだまだじゃな」
裕造の言葉に、頭の上に石でも乗っかったようなショックを受けるも、栞凪は「頑張るもん」と唇を尖らせた。
「もっともっと経験積んで、みんなのことを幸せに出来る立派な絵魔師になって、お母さんも持っていた〝虹色の瞳〟の名を受け継いでやる」
「しっかり精進せい」
どこか呆れたように言い、杖の上に置いた手のひらの甲に顎を乗せた裕造に「ちょっと!」と栞凪は身体を起こした。
「おじいちゃんがしっかり指導してよ~っ!」
「もうひとりでやってく時期じゃろうが。甘えんでない」
「意地悪」
顔を歪めて言うと裕造は大きく溜息をついて、けれどどこか笑うように言った。
「まったく。手の掛かる孫兼弟子じゃわい」
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