びっくり

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びっくり

「ごめん、遅くなった!」 「先に乾杯してるわ」 「マジかよー」  賑やかな繁華街にある居酒屋の一つに入ると、威勢の良い掛け声に出迎えられた。予約した名前を告げると、バイトらしい自分と同じ歳くらいの女の子が席まで案内してくれた。半個室になった座敷はどこからも賑やかな声が聞こえてくる。どうぞ、と笑顔の店員にお礼を言って部屋に入ると、黒田が半分ほどになったビールのジョッキを掲げて出迎えた。時間から5分しか経ってないはずなのに森見の前に置かれたジョッキはほぼ空。 「あれ伊坂は飲まないの?」 「今日はアシ」 「もともと弱いしな」 「うるせー飲んべえ」 「あ、森見って飲んべえなんだ」 「むしろザル」  話の間にもすでに次のビールが来ていて森見はさっそく口を付けている。  高校を卒業してから正月くらいしか帰っていなかった俺は久しぶりに黒田たちに会ったわけで。もちろん飲むなんて初めてだから実は森見がアルコール強いとか、伊坂が意外と弱いとかも初めて知った。  久しぶりの再会ではお互いの近況についてから始まって、いつしか高校時代の話でひとしきり盛り上がった。卒業後、県外に出てしまった俺は地元の友人たちとは縁遠くなっていたから、彼らの話は懐かしかった。 「なんか久しぶりに地元帰ると新鮮だなー」 「カオちゃんはどうしてんの?」 「伊坂てめえ人の彼女を名前で呼ぶな!」 「町田って最初伊坂狙いだったよなー」 「あ、そうなん?」 「そうなんか!つかなんで知ってんだお前はそういうネタを」  いろいろな、と笑う黒田は確かに昔からいろんなやつと仲が良かったから結構、情報通だった。頼れるやつだしよく相談されてたからな。 「いつかお前らの結婚式でネタにしようと思って」 「あ、あくどい」 「で、その黒田さんは短大の女どうなったんだよ?」 「うるせー!」  ジョッキに残ったビールを煽る黒田にニヤニヤする。狙ってた子がいるっつってたけどダメだったなこりゃ。 「まあせいぜい頑張れよ」 「くっそー長谷川のくせに」 「ジャイアンか」 「どっちかっつとドラちゃんポジションだよな黒田は」 「そういう伊坂は彼女は?」  烏龍茶を飲む伊坂の隣では森見が黙々と酎ハイを飲んでいる。店が忙しいのか空いたジョッキがテーブルに乱立していた。 「あれお前知らねえの?」 「何が」 「ああ、言ってなかったな」 「こいつら付き合ってんだよ」  黒田が枝豆を食べるついでのように言う。 「こいつら?」 「こいつとそいつ」  割り箸をこいつ、で伊坂に向けてそいつ、で森見に向ける。こいつとそいつ? 「はあ!?」  伊坂と森見が付き合ってるだと? 「意味がわからん!」 「だよなー俺も思ったよ。しかも高校生の頃からだぜ?」 「なんだよそれー……つか森見は伊坂の何が好きなわけ?」 「あ、俺もそれ思った。伊坂が森見好きっていうのは納得だけどなー」  思い返してみれば、確かにその通りだ。むしろなぜ今まで気がつかなかったのかと思う。 「お前ピッチ早すぎるぞ」 「うるさいな」 「マイペースか!というかなんで言ってくれないんだよ」 「悪い悪い」 「軽っ」  森見にいたっては無視だし。がっくりしたまま席を立つ。 「トイレ行って来る」 「いっといれ」 「寒っ」  黒田のオヤジギャグに送られて行ったトイレはやけに奥まった場所で迷った。若干時間をかけて戻ると森見が爆睡していた。伊坂の背中と壁に挟まれて。 「なにこの状況」 「なんか急に倒れた」 「え、急性アル中?」 「いや寝ただけ」  伊坂の後ろで眠る森見は子供みたいだ。 「こいつアルコール、バカ強いんだけど一定量越えると急に落ちるんだよ」 「何回かあるんか」 「いつもは自制すんだけど。今日はお前らだけだからな」  自制する気もなかったんだろ。そう言って苦笑する伊坂は森見の顔から眼鏡を外した。 「だからノンアル?」 「まあ、そんなに好きでもねーしな」  無造作に森見の髪に触れる伊坂を見ながら黒田が言った。 「お前らって本当に付き合ってんだなあ」 「なんだしみじみと」 「いやなんとなく」  黒田の言っている意味は何となくわかる。森見を見る眼差しとか、触れる手つきとか。 「香に会いたくなってきた」 「どうした急に」 「なんとなく」  無性に彼女に会いたくなった俺は約束を取り付けるために、携帯電話のアドレスを呼び出してメールを打ち始める。こいつらのなれそめ聞き出して彼女に話してやろう、と思いながら。
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