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同窓会
「あ、じゃあじゃあ恋人はいる?」
「いる」
「えー、どんなひとー?」
サラリーマンのオッサン集団の濁声やら大学生の一気コールやら女子会の甲高い声やらが飛び交う居酒屋の一室でも北崎の声はよく通った。いや、今はもう中村だっけか。
「別に普通」
「かわいい系?」
「かわいくはねーよな」
「長谷川は会ったことあるの?」
「あるある。全然かわいくねえし」
自分の話題なのに時々話に参加してはあとはもくもくと飲み続けている森見の向かいに座る長谷川が本人を前に言いたい放題だ。
「なあ黒田、かわいくないよな?」
「そーだなーどっちかっつーと男前かな。まあ顔はいいよ」
長谷川に悪乗りして答えると、目の前、森見の隣に座る伊坂に睨まれた。
「美人系みたいな?でもそのほうが森見くんにお似合いな感じー」
勝手にいいように解釈して北崎はあれこれ言っている。森見を挟んで逆隣に座る伊坂の不機嫌な顔にも、ニヤニヤ笑う長谷川にも、俺の苦笑いにも気付いた様子はない。まあ、北崎じゃなくてもまさかこの二人が付き合ってるなんて思わないだろうけど。
高校卒業から十二年。久しぶりに会った友人たちは変わらないやつもいれば、すっかり変わったやつもいる。それぞれ仕事につき、家庭を持ついい大人になった。
かくいう俺も財布に入れている嫁と子供らの写真を見せびらかしていて、もっと頑固親父になるつもりだったのに、なんて思ったりした。
「なんかさあ森見くんってすごくいい旦那さんになりそうじゃない?」
「そうかー?」
「あ、あたしもそう思う!」
北崎のいい旦那発言に不服そうにした長谷川を遮って町田が叫んだ。
「……香、酔ってるだろ」
「酔ってないよーん」
明らかに酔った言動の己の彼女を長谷川が横目で睨む。当の本人は気にしたふうもなく陽気に続ける。
「だって森見くん絶対浮気しない!」
「確かに!しなさそうー」
盛り上がる女子二人に「待て待て」となぜかむきになった長谷川が反論する。
「こいつら高校の時から付き合ってんだぜ?十年?絶対浮気の一回や二回あるって」
「それは自分のことでしょーが!」
「長谷川墓穴ー」
けらけら笑う北崎にじゃあ、と俺は聞く。
「浮気の境界線ってどこ」
「キスじゃない?」
「いやそれ以上からだろ」
「あんたのは極端過ぎんのよ。二人きりで食事!」
「お前は厳しすぎるっつーの!」
町田の浮気の境界線に、今までもくもくとジョッキを空にしていた森見がふと顔を上げた。
「だったらあるかもしれない、浮気」
隣にいた伊坂が豪快に吹き出した。
「大丈夫か?」
森見が盛大にむせた伊坂の背中をさすっている。自分が原因とはつゆほども思っていない顔だ。
「おま、浮気って何だ」
「二人だけで食事に行ったことはある。誘われて」
「マジで!?なになにどんな感じで?」
浮気しないのがいい、なんて言っていた女どもは森見の浮気話に興味津々だ。
「本当に食事しただけだ。あの頃すごく悩んでいて落ち込んでたから気を遣ってくれて」
「仕事関係?」
「同じ学年のクラス担任をしてた先生で歳上の」
「美人?」
「いや男」
「なんだよ男かよー」
北崎が残念そうに唸るその逆隣では対照的に伊坂が固まっている。初耳らしいな、と思っていると同じことを思っていたらしいニヤニヤした長谷川と目が合った。
「いろいろ話してるうちに」
「いい先輩だったんだ」
「付き合って欲しいと」
「告白!?」
北崎の言葉にかぶせて伊坂がガシャンと派手な音を立ててテーブルに手を付いた。
「聞いてねーぞ!」
「言ってないからな」
ここが同窓会の席であることも忘れて伊坂が叫ぶ。おうおう動揺してんな。
「で、どうしたの?」
二人が付き合っていることを知っている町田がのほほんと先を促す。森見は特に気負った様子もなく「断った」と言った。
「だよねー。同性に告られてもねー」
「すごくいい人だったんだけどな」
テーブルに手を付いたまま固まっていた伊坂が弛緩して大きく息を吐いた。
「おいこら、さっきのあれは何だ」
「あれ?」
一次会が終わって、伊坂と森見、酔い潰れた町田を背負った長谷川、それから明日も仕事の俺はしつこく二次会に誘う北崎を置いて同窓会を抜けた。
長谷川は、家が反対方向の町田をタクシーに押し込めて先に帰っていった。乗り合わせることにした俺たちはぶらぶらとタクシー乗り場に向かって歩いている。
「浮気の話」
「ああ。だから食事に行っただけだって」
「告られたんだろ」
「断った」
「当たり前だろ。つかそういうのはちゃんと俺に」
「俺には大事な人がいるのでって」
さらりと言ってのけた森見に伊坂が黙る。こういうのが堪らないんだろうな、と思いながら俺は声をかけた。
「まだ俺もいるからな。いちゃつくんなら帰ってからにしろ」
うっかりいちゃつきそうになっている二人に釘をさす。
「お前ここは空気をよんでフェイドアウトしろよ」
「無理だから」
消えろ!とうるさい伊坂を軽く蹴る。それを見て森見はおかしそうに笑っている。そんな二人を見ながら俺は密かに安心していた。県外にいるこいつらを無理に誘った俺は少し後悔していたのだ。結婚して子供が生まれて、というごく当たり前の手順を踏んでいく同級生達を見るのは複雑なんじゃないかと思うから。
「お前らどうすんだ?」
「今日は森見の実家に泊めてもらって明日向こうに帰る」
「そーか」
前を歩く二人を見ながら変わらないな、と思う。他人から見ればただの友人同士にしか見えないかもしれないけれど。
「明日何時だっけ?」
「17時」
手をつないでいなくても、指輪をしていなくても、例え法律上赤の他人でも。
「お前ら仲いーなあ」
俺の呟きが聞こえた森見が振り返って、笑った。
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