切って、結んで、繋いで。

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その子は、いつも泣いていた。 少し強い風が、戸を叩く。それまで静まり返っていた世界に響くその音に、御社の片隅で夢の世界に意識を飛ばしていた少年が、睫毛を震わせ、丸めていた体を更にきゅっと縮こませた。 真冬だというのに、少年は薄い着物一枚に裸足。掛け布団も無しに、畳の上で眠りこけていたらしい。 薄い目蓋をそっと開いた。何度かゆっくり瞬きを繰り返したのち、小さく短く息を吐き出す。 「……もうちょっと、寝てたかった。」 ぽそりと、誰に言うわけでもなく呟き、うんと背伸びをしてから大きな欠伸を一つ。断片的に残る夢の内容を頭の中で時間をかけて整理し、思い出した夢の世界に想いを馳せて、胸が暖かくなった。 ようやく体を起こし、まだぼんやりする頭を軽く振る。 絹糸のように細い銀の髪が輝きを散らしてさらさら舞う。目を擦り、改めて目蓋を持ち上げる。隠れていた瞳は、突き抜けるような晴天の青空そのもの。 その青を左右に動かして辺りを確認し、少年はようやく己をじっと見つめていた“存在”に気付いた。 「あぁ。……おはよう。」 幼い見た目に反して、凛と鋭く響く声。透明なその声に、艶めく黒の毛を纏ったソレ――“狐”は満足そうに挨拶を返した。 参拝客はほぼこない、宮司も、管理する人間もいない、鳥居とお社と、鍵のかかった納屋があるだけのこの神社には、けれど確かに“神”は宿っていた。 気が付いたらこの神社にいて、行くところも特になかった狐は、森の片隅に忘れ去られたように存在している、年中静寂に包まれたこの場所に住み着いた。管理者がいないため少し汚いが、たまに少年が掃き掃除や拭き掃除をしているおかげで、そこそこ綺麗に保たれている。 小さな黒狐は寝起きの少年に近寄ると、狩衣の裾に噛み付き、ぐっと引っ張った。 「ん、なに?……あ。」 社の外に出るよう狐に促された少年は一瞬不思議そうな顔をしたものの、何かが神社の鳥居をくぐった気配を感じ取り、動きを止める。僅かな重みでさえギシリと音が立ちそうな板の床だが、少年が数歩歩いてもその床が悲鳴をあげる事はない。それどころか、少年の足音さえしない。狐が飛び上がり、少年の肩に乗る。すり寄る狐の頭を撫でながら、少年は息を殺して襖の隙間から様子を窺った。 「……また、あの子だ。」 丸い瞳が捉えたのは、一面の白銀世界に佇む少女。お社をぼんやり見つめたまま動かない。だが、その表情はどこか縋るような、諦めたような雰囲気を纏っていた。 少年は、そっとその場を離れ屋外へ出て御社の屋根へ上った。
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