鬼の目に、涙。

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鬼の目に、涙。

 ある山に一人の鬼が住んでいた。彼は見た目こそ鬼だったが、中身はとても心やさしいものだった。  鬼は食料を得るために川へ釣りに出かけた。清流に近づくと、そこには先客がいた。山のふもとの村に住む人間だった。老人と若い男だ。彼らは鬼の姿を見るなり慌てて逃げ出した。  いつもそうだった。山の中でばったり出くわした人間たちはみんな、鬼の見た目だけで判断し、恐れ、逃げる。誰も鬼には近寄らない。だが彼は気にしなかった。それも仕方のないことだとあきらめていた。  二人の姿が見えなくなってから、鬼は川面に釣り糸をたらした。しばらくそうしているうちに、上流から何かが流れてきた。壺だった。しっかりと封がされている。そのせいで沈むことなく流れてきたようだ。  鬼はそれを拾い上げると、何が入っているのだろうかと思い振ってみた。しかしなんの音も聞こえない。しばらく悩んでから、鬼は恐る恐るその封を開けてみた。  中から突然白い煙が吹き上がった。それと同時に何かが飛び出してきた。それは羽の生えた少女のような姿をしていた。  あんぐり口を開けて鬼が見つめていると、空中に浮かんだそれが口を開いた。 「ありがとう。助かったわ。御礼に、あなたの願い事をひとつ、なんでも叶えてあげる」  鬼は目をぱちくりさせながら、 「なんだ?どういうことだ?お前は何者だ?」 「私は妖精よ。悪い奴に捕まって壺に閉じ込められていたの。でもあなたが封をといてくれたおかげで外に出ることができたわ。さあ、願いを言って」 「そんなことを言われたって、急には思いつかないぞ」 「大丈夫よ、慌てなくても。ゆっくり考えてね。だって、叶えられる願いはひとつしかないんですもの」  妖精は穏やかに微笑んでみせた。  一週間が経った。鬼は家で食事の用意をしていた。彼のうしろでは妖精がふわふわと空中を行ったり来たりしている。その表情には少しいらだちのようなものが見て取れた。 「ねぇ。願い事はまだかしら?」 「うーん」と鬼は難しい顔をしてから、 「ないんだよね。願いって」
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