花火

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花火

 人込みの中ではぐれないように俺はそっと手首を掴んだ。俺よりも細い手首。  大学の講義が終わるのが思いの外遅くて帰って迎えに行けばぎりぎり、開始時間まではあと十分ほど。俺は腕時計に目をやって少し慌てて人の波を抜ける。新聞社主催の今年最初の花火大会はすごい人出だった。  屋台から漂ってくるいい匂いと、女子高生の嬌声、迷子なのか子供の泣く声。ナンパに明け暮れる彼らには若干の優越感。混ざり合った喧騒を通り過ぎて目的の細い路地に入ると途端に静かになる。喧騒が遠退いた。  手首を掴んでいた手を指に絡める。それについては何も言ってこない。  人影のない空き地を通り抜け階段を上がる。広い公園の真ん中にある、船を模した大きな遊具を囲むチェーンをまたぐときに少しだけ手を引かれたが無視。チェーンには故障中のため入らないようにかかれた看板がぶら下がっている。そのまま遊具の梯子を登る。僅かの間でも離れる手に淋しさを感じる自分に苦笑。開始まで残り一分。さらに船の屋根になっている場所に登らせて俺も横に座ると爆発音と光があふれた。 「すごい」  色とりどりに開く花火が隣に座る森見の横顔を照らす。そっと指を絡ませる。  二人きり、おいしすぎるシチュエーションと繋がれた手ににやけるのを止められない。最高の絶景ポイントを捜し出した甲斐があったというもの。  とはいえ、目の前で開く花火よりも俺はこの横顔ばかり見てしまうのだけど。
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