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とあるお化け屋敷の脅かし役の仕事 (熟年コンビの場合)
俺は人を脅かし続けて20年のお化けだ。と言っても本物のお化けじゃない、お化け屋敷の脅かし役だ。俺はこのお化け屋敷でたくさんの人を脅かしてきた。人というのは恐怖を感じると本心が透ける。俺はこのお化け屋敷で多くの人を、大げさに言えば様々な人生を見てきた。
……そう思っていたのだが、今日は初めて見るタイプの客ばかりだ。いや、そう思うこと自体がすでに己のスキルを過信し慢心していた証かもしれない。やはり初心忘れるべからず。
「うおっ」
「そこからも出てくるんじゃないか」
「うわっと」
「あそこも怪しい」
「なんだこのメイド、怖っ」
「ああやっとこの屋敷の主人のお出ましだ」
今日はやたらと男の二人連れが多い。今度は30代半ばほどの同じ年同士といった感じの客だ。付き合いの長い友人と見えるが、一方は黒髪に眼鏡でいたって真面目そうな容貌、もう一方はヘアカタログに載っていそうな髪型でやんちゃな高校生が大人になったような雰囲気だった。同じ教室にいても親しくはならなそうな二人組だ。
「あれで終わりっぽいな」
「あの鍵でドアを開けたら終了ってところか」
「長かったー」
「なんでお化け屋敷に入ったんだ。ホラー映画とかも好きじゃないだろ」
「でも怖いもの見たさで見ちゃうんだって。そのドアは絶対開けない方がいいのに、ってドアを開けるホラー映画の登場人物みたいな感じ」
「めんどくさいやつだな」
「あーもうダメだ。寿命が縮んだ気がする」
どうやらやんちゃそうな男の方がびびっているようだ。今度こそ悲鳴を上げさせてやろう。このままでは俺の沽券に関わる。
「100歳までしか生きられねえわ」
「どれだけ長生きする気だ」
「だから100歳まで?あ、お前は101歳まで生きろよ」
「なんでだ」
「だってお前のいない世界で生きてけないもん俺きっと」
「……100歳まで生きてればもう呆けてよくわからなくなってるよ」
真面目そうな方の男がふいっと顔をそらす。無愛想で、驚いているのかいないのかわかりにくいその表情が動く。
「いーや俺は100歳になってもお前のこと好きだね。多分ぼけたらお前の名前ばっか呼んでると思う」
「元気にころっと死んでくれ」
「先生が死ねとか言っちゃいけないと思いまーす」
「生徒に見られたら最悪だな」
「そしたら、先生の大事な人ですって紹介しろよ」
二人が、俺のいる重厚な書斎机の前に立つ。やんちゃそうな方の男が隣を覗き込む。
「なあ」
「なんだ」
「一緒にさ」
「うん」
「長生きしよーな」
「……ああ」
真面目そうな方の男がゆっくりと頷くと、相方が隣で幸せそうに微笑った。幸せそうで何よりだ。
幸せそうで何よりだが、ここは遊園地のお化け屋敷だ。これは己の仕事を全うするとケーワイなのか?やんちゃそうな方の男が鍵に手を伸ばす。そして、
「101歳まで生きてやるよ」
そういうのは他所でやって下さい。
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