いつの日か結ぶ透明よ

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 あの夜さえ無事に過ぎたなら、母と同じ聖女として、対岸へ架かる吊り橋を渡れたはずだった。    聖女の血と名を継ぐ者が「楽園」の外に姿を現すのは、始祖が悪魔を退けたとされる年齢――十五歳になったときと決められている。母曰く、ヴィータ村の民にとっては大切な、「聖女再来の演出」らしい。  小さい頃、母が薬や魔除けの花輪を手に村へ出かけるたび、一緒に行くと泣いて駄々をこねた。私は聖女じゃない、そんなすごい力なんかない、特別扱いしないでほしいと。    一度だって叱られなかった。外の世界を知りたい、それしか我がままを言わなかったからか、同じ経験を持つ故の共感からか――母は穏やかな声で、何度でも言い聞かせてくれた。   「そうよ、私たちに特別な力なんてない。始祖も同じよ。ただ、植物の持つ力に詳しくて――悪魔の正体を、誰より深く考えた。きっとそれだけ。なのに私たちが、薬草で民を癒す役割だけでなく、『聖女』の肩書まで受け入れてきたのは、なぜだと思う? 村の人が私たちに見ている夢が――救いを信じる気持ちが、薬の効果を高めてくれるからよ。ルトラ、憶えておいて。治療の要は体より心。目に見える外側よりも、見えない内側を思いやること。あなたが橋を渡らず我慢していることも、思いやりの一つなのよ」    その話は赴きを変えて繰り返された。十五を迎え、村への(おとな)いを控えた前日にも。  母は、出稼ぎや兵役で村を出る民の見送り式のあと、そのまま村に泊まることになっていた。新たな聖女をお披露目する祝祭の、準備を手伝うために。  盛大な祭りは、村人の期待の写し鏡だ。「楽園」を出られる喜びに、緊張が勝っていた。それが伝わったのだろう。古の聖女が悪魔祓いに用いたというバラとセージの、見送り式で贈る花冠を携えて家を出る間際、母はこう付け加えた。   「ルトラ、気後れしないで。他人ではなく、自分の期待に応えて生きなさい」   せっかくの祝祭に寝不足の顔で出席するのを覚悟していたが、母の言葉のおかげで、夜になると普段どおりに眠気がやってきた。朝までよく眠れたことだろう。(かまど)に火のない深夜に、煙のにおいを嗅がなければ。
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