1章:始まりの日の朝

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―――その日の朝 季節は夏に近づこうとしていた。日が昇るのがはやくなり、自然に目が覚めるので、目覚ましのアラームで起きるということが少なくなった。私は起きると一つのびをして、ベッドから抜け出ると、今日の衣服を選ぶ。 そろそろ半袖でもいいころだ。しかし、父の経営する会社『九条ホールディング』の総務部は、すでにエアコンがききすぎている。カーディガンも必須だろう。考えていると時間が意外に経過していた。慌てて着替えをする。我が家は、朝だけは、私と兄、父母がそろって朝食をとることが決まっているのだ。 朝食がひと段落したとき、 「彩菜、お見合い写真を見たか」 と父が言った。それは先日、私に父が手渡してきたもの。軽く30枚はあるそれに、私は5分で目を通した。私は父をまっすぐ見ると、背筋を伸ばす。 「えぇ、見ました。私はどのお方でもいいですから、お父様がお決めください」 正直、だれと結婚しようが問題ない。結婚と言うのは、いわゆる政略結婚だ。 家と家との契約であり、私の家や、私の人生を安定させるための契約でもある。 だから、父が選んだ相手であれば、正直、誰が相手でも問題ないのだ。 そう思っていたのに、 「僕はまだ彩菜には早いと思いますよ」 と兄が口をはさむ。以前から兄は、私の結婚はまだ早いと言っている。心配してくれているのはわかるのだが、そんな心配には及ばない。父もそんな兄を一笑する。 「もう彩菜も25歳だ。九条家の娘たるもの、25歳での結婚は早くはないだろう。しかもこの見合い相手は、どの人物でもなにも申し分ないほどの家柄だ」 「彩菜は先日、都商事を辞めたばかりで、うちの会社に入ったばかりですし。もう少ししてからで…」 「今も別に大した仕事をしているわけじゃないわ」 私はきっぱりと言った。私は先月から、九条ホールディングの総務部秘書課で仕事をしている。完全なるコネ転職だ。秘書と言っても担当は父(社長)で、いわゆる社長秘書の補助、第二秘書と言う立場。第一秘書で総務部長も兼任している浅緋渉がしっかりしているので、第二秘書といっても特に大きな仕事もない。だからこそ、誰でもできる仕事のように思えた。 きっと、結婚することも同じだ。私が相手は誰でもいいと思うように、相手も同じように結婚相手は家柄さえきちんとしていれば誰でもいいと思っているのだから。つまり、今の仕事も、結婚することも、どちらにしても同じなのだ。
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