1章:始まりの日の朝

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「彩菜、好きな人とかいないの?」 のんびりした声で母が口をはさむ。私は苦笑した。 「好きな人なんていない。私が誰かを本気で好きになるなんて絶対にないわ」 「お父様とお母様はね、大恋愛の末…」 「もう聞き飽きました」 父と母は、いわゆる身分違いの恋というやつだったようで、駆け落ち同然で結婚したという。 今の父からは想像できないが、母が押して押して押しまくった結果のようだ。しかし、そのせいか… 「私はねぇ、彩菜が本気で好きな人ができたらその人と結婚するのが一番だと思ってるの。あなたも、そうなったらそれは許すわよね?」 「う…ま、まぁ、それは、その時に…」 父が歯切れ悪く言う。父は今でも母だけには、頭があがらないのだ。そういうところは、いいな、とは思う。私は、相手が自分の思い通りになるような相手であれば、それが一番だと思っている。結婚相手に唯一条件を付けたことがこれだ。自己主張があまりなくて、気が弱い人。生活するうえではこれは重要だろう。 そして、そんな相手をわざわざ選ぶ私が『大恋愛』なんてするはずがない。 私は父を見ると、 「私に好きな人ができるようなこと、絶対にないから安心して」 と言った。父は安心したように息をつく。しかし、対称的に、母はため息をつく。 「彩菜はまだ子どもなのよねぇ」 「どこがっ」 「そういうところよ。もうお願いだから、ケンカしたりしないでよ。お母様、あなたのこと、ずっと心配してるのよ」 にこりと笑って言われたが、母のそれはやけに迫力がある。私の背中には汗が流れ、つい腰を引いた。父が母に頭が上がらないのも分かる…。母はそれくらい怖い。たぶん私が幽霊やモンスターの類を怖がらなかったのは、この母に原因があるような気がしてならない。母はそれほど怖いのだ。その思いは父も一緒だったようで、父は、そそくさと、ごちそうさま、と言って、席を立ったのだった。
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