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そんなことを考えていると、部屋に入って早々、浅緋が私の髪をすっと撫でる。
「髪が乱れてます。身なりはちゃんとしてくださいとあれほど…」
私はその手をパシっと払いのけた。そして、頭をしっかりと下げる。
「申し訳ありません、部長。すぐ直します」
部長、と呼んだのは、『なれなれしくするな』というときの合図だ。
そんな私の様子に、浅緋は焦ったように、
「す、すみません。彩菜さん…」
と言う。浅緋は年上のクセに、昔から私より弱い。これは完全に親分と子分の関係に近い。私は上司としての浅緋のこういうところが嫌いだ。上司なら上司らしく威厳を保ってほしいものだ。
私のような転職組の配属は、専務で人事役員でもある兄が噛んでいるはずだが、なぜ、私が浅緋の部下であるのか、今でも納得がいっていない。どうせなら全然知らない人の部下がよかった。兄にその意味を聞いても、答えてくれはしなかった。兄としては昔からの親友である浅緋が私の上司のほうが安心なのだろうけど。
「名前で呼ぶなって言ってるでしょう! 会社では浅緋は上司、私は転職組の1年生でしょう」
「すみません」
「あぁ、もう!」
ついいつもの口調になってしまった。というか、上司がなんで転職一年生の私に謝るのよ! 私はぐしゃぐしゃ、と頭をかく。あ、また髪が乱れたわ。目の前で浅緋が困惑しているのが手に取るように分かった。私はまたその様子にもイラっとする。
「先ほどの書類、きちんと精算しておきますのでご安心ください。浅緋部長」
私はにこりと笑って、『部長』の部分に力を籠めると、ミーティングルームを後にした。ミーティングルームのドアを多少強引に閉めたせいか、ドアの閉まる音がやけに耳についた。
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