星の降る星

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星の降る星

この小さな惑星には男の子がひとりで住んでいます。 この星に朝はなく、ずっと夜空が広がっています。 ふしぎなふしぎな星なのです。 きらっと流れ星が、惑星に落ちてきました。 黄色ではなく白色をしたそれを男の子はすくい上げて話しかけます。 「きみは、どうしたの?」 「聞いてくれ。 おれは画家だったんだ。  でも、だれもおれの作品に見向きもされなかった…。  きみ、おれの作品を見て正直に評価をしてくれないか。  っていっても…死んじまったら描けないよな」 「だいじょうぶです。 これがあれば」 男の子は天体望遠鏡を指差しました。 それをのぞきこんで、男の人の言う家を探しました。 男の子は、妙なことに気付きました。 「きみの家に、たくさんの人がいるよ」 「なんだって?」 白い星を天体望遠鏡のレンズに近づけました。 そのレンズの先の光景に、白い星はおどろきました。 人々が絵に涙をしたり、おじぎをしたりする人がいました。 筒の中から、声が聞こえてきます。 「すばらしい作品だ!」 「彼が亡くなったのはとても残念だわ…。  もっと作品を見たかった」 男の子が言います。 「ぼくが言うまでもないですね」 「死んでから認められても、意味がねぇのに…」 そんなことを言いながらも、どこかうれしそうでした。 すると、白色だった星が徐々に黄色に変わっていきます。 「ありがとよ」 「もう思い残したことはないですか?」 「十分だ」 すると男の子は夜空へ星を投げました。 それはきらきらと光る流星になって、空の彼方へ消えていきました。 この星にたったひとりで住むやさしい男の子の使命は、 ひとの話を聞いてあげることでした。 それでも、だれもが流れ星になれるわけじゃありません。 「思い出せないこと、思い出しましたか?」 「う~ん…まだじゃ」 物忘れをするお年寄りがいたり。 「ここは居心地がいいからまだまだ流れ星になれないわ」 すっかり居着いちゃったり。 「あの子が降ってくるまで、待ってるのさ」 ひとりじゃ流れ星になれない寂しがりやだったり。 たくさんの白い星がいました。 男の子は無理に願いを叶えようとしませんでした。 その時期はいつか訪れるし、 それが今でなくてもいいと思っているからです。 それに…みんながいなくなってしまったら、 ひとりになってしまう。 そのことが怖かったのです。 「今日もいい夜空」 男の子は背伸びをしてひとつしかないブランコに腰掛けました。 遊びながら、たっぷり月の光を浴びます。 するとそこへ、きらっとなにかが落ちてきました。 白い星です。 「あら、ここはどこかしら」 「ここは、とある惑星です」 「そんな遠くにまできちゃったのねぇ…。  やだわ。 あの子、大丈夫かしら」 「どうしたんですか?」 「幼い孫娘とふたりで住んでいたのだけれど、  わたしが死んでしまったからひとりぼっちになっているはずよ」 そわそわしはじめた白い星に、 男の子はまたふしぎな天体望遠鏡を見せました。 「あの子だわ」 ぬいぐるみを持った小さな女の子のとなりには、 やさしい顔をした女の人と、たくましい男の人が並んでいました。 大きな家を三人で眺めます。 女の人が言いました。 「自分の家だと思って過ごしてね」 男の人が言いました。 「なにかあったらすぐ言うんだぞ」 それを聞いて女の子は、 「お世話になります」 にっこりと挨拶しました。 白い星が言います。 「なんだか、考えすぎていたみたいね。  それに…わたしの作ったぬいぐるみをあんなに大事そうに抱えて…」 白い星からきらっとかがやくものが落ちた気がしました。 同時に、全体が黄色にそまります。 「よかったですね。 元気そうです」 「そうね…。  でも、あの子は昔から病弱で…。  そうだ」 黄色い星が言いました。 「あの子の様子をわたしの代わりに見てくれないかしら。  時々でいいの…。 見守っていたいのよ」 天体望遠鏡をのぞく習慣がなかった男の子でしたが、 「ぼくでよければ」 やさしく返事をしました。 そして、黄色い星を夜空に流します。 それは輝いて、夜空に消えていきました。 それから、たまにレンズ越しに女の子を見るようになりました。 あるときは庭で遊んでいたり、あるときは家で読書をしていたり。 家ではほとんど笑顔でした。 けれど、男の子は気付きます。 学校ではその一面をまったく見せませんでした。 代わりに、ずっと悲しい顔をして過ごしていました。 それは、ひとりで過ごす男の子でもわかります。 「女の子はなにも悪いことをしていないのに。  どうしていじめられなきゃいけないんだ…」 辛い学校の暮らしを耐え抜いて、 家に帰れば家族を安心させるために笑ってみせる女の子を 気にかけるようになったときには 毎日天体望遠鏡をのぞくようになりました。 女の子を心配に思う反面、 ひとりでいる自分に重ねて親近感をおぼえました。 その生活はずっと変わらないまま、卒業を迎えました。 男の子もとても喜びました。 「おぬし、前よりいい顔をするようになったのう」 「前はどんな顔だったの? おじいさん」 「う~ん…そういえば思い出せんのぅ」 とぼけたお年寄りが空を見て言いました。 男の子は静かに、女の子を見守っていました。 試験で毎日遅くまで勉強している女の子をながめては、 「がんばってね」 と、つぶやいて自分も勉強をします。 習いごとのピアノの練習をたのしんでいる女の子をながめては、 その曲を聞いて男の子も楽しみます。 星と星ほど遠く離れているのに、 手が届きそうなほど近くにいる気がしました。 やがて、男の子よりも女の子はおとなになりました。 「おとなっていいな」 「やだわぁ。 あなただってもう立派なおとなよ」 「どうしてそうわかるの?」 「ん~っと…顔つき?」 男の子は自分の顔をぺたぺたと触って確かめましたが、 わかりませんでした。 つまらない学校を卒業したら、大人になって自由になれる。 男の子はそう信じていましたが、 女の子は仕事に行けず病院通いとなってしまいました。 おばあさんからからだが弱かったことを思い出しました。 「これからあの子の人生がはじまるっていうのに、あんまりだ」 転がっていた白い星がなぐさめます。 その声を、男の子は聞こうとしませんでした。 「お空から見守ることしかできないなんて、  ぼくって何者なんだろう…」 流れ星のように、きらりと一粒の涙がこぼれました。 「お~い!」 ある日、ふたつの白い星が男の子に話しかけてきました。 「やっときたんだ! おれの待っていたあの子が! ここに!」 うれしそうにとなりの白い星に向かってかがやきました。 男の子はうれしそうに話します。 「あなたなんですね!  この方は、あなたが来るまでずっと待っていたんですよ」 「話を聞きました。  わたし、うれしくって…」 「あなたの思い残しはなんですか?」 「わたしは…」 ふたつの白い星は黄色に変わっていきます。 「このひとがいればそれでいいです」 そして、男の子はふたつの黄色い星を空に流しました。 ふたりは仲良く交差して青い星空に消えていきました。 それを見送る男の子は、どこかうらやましそうでした。 女の子の症状は一向によくなりませんでしたが、 やさしいお母さんとたくましいお父さんのために 笑顔を向けました。 それも辛いことは、男の子にはわかっていたので 一緒に辛くなりました。 最期の火は、ぽっと消えてあっけなくなくなりました。 「これが生きるっていうことなら、神様はいないんだ…」 天体望遠鏡の前に立ち尽くす男の子の横に、 白い星が空から落ちてきました。 その白い星は、気付かない男の子に声をかけました。 「どうしてそんな悲しい顔をしているの?」 その声を聞いて男の子ははっとしました。 この白い星は、女の子だったのです。 「悲しいことがあったんだ」 「きっと楽しいことがやってくるわ。  わたしはそう信じてるから」 明るく女の子ははげましました。 それを聞いて、やっぱりあの子だ、と確信しました。 話したいことはたくさんあるはずなのに、 言ってはいけない気がしました。 「きみは、強いんだね」 「ううん。 わたしにはずっと見守ってくれていた神様がいたから」 男の子は、なにも返せませんでした。 白い星はだんだんと黄色くなります。 「わたしは、全部がしあわせだったの」 男の子は、空に星をそっと、やさしく、流しました。 その光はずっとずっと遠くまで輝き続けました。 その瞬間に、男の子は流れ星に願いをかけます。 「地球にいるみんなが、しあわせになりますように」
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