『死』よりも恐ろしいこと

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『死』よりも恐ろしいこと

 「人間にとって死が一番恐ろしいモノだとして、その次に恐れるものは何だと思う?」  彼女は熱心に読んでいた本から顔を上げて言った。縦長の窓から差し込む穏やかな昼下がりの光が、色素の薄い髪を反射する。彼女──筒城 築(つつき きづき)はいつ見ても日本人離れ──いや人間離れした存在だった。  滑らかな素肌、計算されたように完璧な配置にある顔のパーツ、それはまるで冷たいアンドロイドのよう。異質で独特、故にこの大学で筒城は良くも悪くも目立っていた。  目立つ理由は何も容姿だけの話ではない。講義中の筒城はほとんど寝ているにも関わらず学科での成績は首位だと聞く。さらに教授からの信頼も厚い。  寝ていても好成績が取れるならば大学に来る必要がないと揶揄(やゆ)する者もいれば、彼女の奇抜な物言いと才能に憧憬(しょうけい)の眼差しを向ける者もいる。  筒城はしびれを切らし始めていた。質問に俺がなかなか答えないからだ。筒城は猫のように目元をこする。 「そうだな……病苦じゃないか。ほとんどの人は病気で死ぬ。だから死が一番の恐れるものだとしたら、その傍にあるのは病苦だと思う」 「なるほど、なるほど」  筒城は顎に両手を置いた。見据えるようにスッと目が細められる。俺はこの目が苦手だった。どこか心の中を見透かされているような気がしてしまうから。 「やっぱりキミはボクが思っていた通りの人間だ。極めて普通の回答で一般的、平均線の上を歩いているような男だよ」  それは褒めているのか貶しているのか。確かに俺は彼女と比べれば平凡でつまらない人間だ。容姿が優れているわけでもないし、特段頭がいいわけでもない。  例えるなら、漫画の中に出てくる名前もないモブ、それが俺だ。この表現ほど的確なものはないだろう。普通と平均レッテルを張りつけられてできたのが俺、冴島真樹(さえじまなおき)という人間だ。  しかし、一つ特筆すべき点がある。それは  
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