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本当の姿
講義が退屈なわけではない。身体が船を漕ぎ出すのだ。午後の睡魔との戦いは一生決着が付きそうにない。
自分に喝を入れて何とかやり過ごす。こういうときは思考を別の空間に飛ばすことが得策だ。
筒城が言っていた本当の姿とはなんだろうか。思い当たるのは彼氏が3人いるとか、実は援交しているとか……あくまで聞いた噂だ。
確証はないし真実味にかけるので信用はしていない。筒城を嫌っている連中が流した噂という可能性も捨てきれないから。思考を巡らせていたら講義が終わっていた。
椅子から立ち上がろうとしたそのとき、肩を強く叩かれた。反射的に振り返る。八重歯が特徴的な噂好きの友人、山村だった。山村は数少ない友達の一人だ。そして必要としてもいないのに筒城の噂を流してきた張本人である。
「よぉ、冴島。なんか久しぶりじゃね?」
「そうだな」
頷きつつ筆記用具やら講義のレジュメやらをリュックサックの中にしまっていく。リュックサックを背負って歩き出そうとするところを、山村は肩を掴んで引き留めた。
「おい、待てよー久しぶりに会ったのにその塩対応はないだろ」
「おまえと話す義理はない。なぜならお前の話は噂ばかりだから」
「ひっでぇ言い方!」
山村は腹を抱えて笑う。講義室を出て行っても山村はスタスタと俺の隣を付いてくる。
「そういや、テニスサークルでお前の話題で持ち切りだよ。よく二か月も続くよな」
俺と筒城のことで話題になっているのか。まるで住む世界が違う俺らのことをどう話しているのか少しだけ気になる。山村に問いかけると、こんな回答が返ってきた。
「えーどんな話かって? 決まってんじゃん。どのくらいの期間で別れるか賭けてるらしいよ」
まあ、そんなところだろう。異色カップルをエンタメとして楽しむ者、筒城ファンは俺に嫉妬し、筒城アンチは俺共々、頭のおかしい奴と認識する。当然、賭けの行方も俺に分からない。
「実際、付き合ってみてどうなんだ?」
「どうってよく分からないよ」
山村は神妙な面持ちでスマホをスクロールしている。その表情はどこか緊張しているように見えた。
「……これガセネタかもしれないから分かんねーけど、もしガチなら筒城と関わるのはやめた方がいいぜ……」
山村がスマホの画面を俺に向けて差し出す。スマホを渡す彼の手が少しだけ汗ばんでいた。いつもの彼とは別人のようだった。
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