書く仕事

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「作家が体験したことしか書けないのならば、ミステリーを書く人間は人殺しをしてなくちゃ可笑しいだろう」 昨今そんな言葉を耳にすることが多くなった。冗談だとは言え、中々にパンチの利いた返しだと思う。 「はてさて、僕は人を殺したこともなく、ミステリーを書いたことも無い。これはもしかすれば、この言葉に習ってのことなのかもしれないぞ」 つまりは人を殺せばミステリーを書けるのかもしれない、先生はそう言いながら私の肩に手を書けた。 「一つ、死んでみてはくれないかね、編集者君」 全くもって先生は突飛なことを考えなさる。私を殺したとして、後始末はどうしようというのだろうか。 「君が……ああ、そうか。君はもういないのか」 そうですよ先生。いつも掃除洗濯を私に押し付ける貴方が、死体など始末できるはずもありません。 「いやいや、今時ネットを見れば何でも処理の方法が分かるぞ。その通りにやってみれば、きっと」 そもそも先生、パソコンだってまともに使えないくせに。だから原稿だって手書きじゃないですか。 「むむう。痛いところを突いてくる。だったら、金を払って人にやらせればいいだろう」 その人間が何度も金を要求してきたらどうするんです、またその人間を殺すんですか。 「そうやって人を頼んでは殺してを繰り返したら……ううん、世界に私一人だけになってしまう」 その前に警察に捕まると思いますがね、先生。殺人教唆で即刻縛り首ですよ。 「はぁあ、全く。人殺しとはこんなに面倒くさいのか。これなら妄想して小説を書いた方が速そうだ」 決まっているじゃないですか、先生。さっさと仕事を始めてくださいな。ネタ出しなら私も手伝いますから。 「そうだね、ありがとう。ところで、ミステリーのネタ出しは出来るかな?」 書いてみたいんですか?人殺しなんて、そう楽しいことはないと思うんですがねぇ。 まぁ、私は先生の一番のファンなので、なんだってやってのけます。 先生のお話になれるんでしたら、死んだ彼等も本望でしょうしねぇ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!